本年6月、餌やりに対する罰則規定制定に関して、区長宛の質問状をメールにて送付しました。7月3日付けで、区担当課より返信をいただきました。返信の内容については、『餌やりに対する罰則規定制定に関して:杉並区長への質問状と回答』をご参照ください。
この回答を受け、本日、さらに私見と提案を区長宛メール送付しました。 |
拝啓 杉並区長殿 お忙しい中、馬場様よりご返信をいただきました。 ご回答の中にあった、『……人も動物も同じ生き物として命の尊厳は守られるべきものであると考えます。……人と動物の関係が変化しつつある中で必要なことは、解決すべき課題に地域ぐるみで取り組み、人も動物も社会を構成する一員であるという視点を持ち、共に健やかに暮らしてゆけるような地域社会をつくること……』、この趣旨を杉並区民全員に浸透させ、実現のための各論については、常にこの趣旨に照らし、区民全員が我が事として行うことを大前提に、議論されることを何より望んでおります。 さて、本日は、『無責任な餌やり』に対する罰則の制定についての私見と、いくつかのご提案をさせていただきます。 まず、罰則を適用するということは、その行為が不法行為、罪であるという前提があるはずです。 では、お尋ねいたします。 猫嫌いの方であっても、痩せた猫に心を寄せた我が子を愛おしく思うはずです。 「餌やり」は決して不法行為ではないはずなのです。 食べ残しを始末しないのは、タバコのポイ捨てやビン、ペットボトル、お弁当の食べかすの投げ捨てと同様、公共の場を汚す不法行為です。餌をあげたことではなく、公共の場を汚した罪に対して罰則規定を設けてもいいかもしれません。その場合、公共の場を汚す全ての行為が対象とされるべきです。 では、猫の糞尿の始末、避妊・去勢まで、餌をあげる人の義務であり、責任が追求されるものであり、これを怠ると不法行為として罰金の対象となるような性質もものなのでしょうか。 前回のメールでも申し上げましたが、住民の感情問題の解決のためには、「ノーサイド」の意識こそが必要なのであり、猫問題でクレームを言う人に対する区のエクスキューズとして、「罰金」を制度化するのは、何の解決にもならないばかりか、問題をさらに根深くし、対立を深めるだけではないでしょうか。 痩せ細った猫に心を寄せる、今のひもじさをまずは癒してやりたい、食べ物をあたえる……これは、動物との共生の第一歩であり、冒頭に引用した趣旨に則ったものです。 杉並には、大声を発する動物愛護団体があまりないと聞きます。 黙々と世話を続けるこうした人々の声は、おそらく区長さんには届かないでしょう。こうした声なき行動を見ずに、大声のみをあげるクレーマーにおもねる議論、決定はどうぞなさらないでください。 先ほど、食べ物は与えることは、すべての始まりと申しました。これに続く行動として、避妊・去勢が必要だということを理解している人は決して少なくないと思います。ところが、実際、どうしていいかのか、誰に相談したらいいのかさえも、わからないのが現状ではないでしょうか。 私は、仕事先の事務所で生まれてしまう猫を次々に保護し、13匹を家族に迎えましたが、さすがにそれが限界で、まるで人に懐かない残る数匹の猫たちをどうしたら良いのか、悩んでおりました。雌猫の避妊は早急に必要でした。HPにこのことを書くと、お目にかかったこともない、数名の方が駆けつけてくださいました。みなさん、個人で保護や世話をしておられる方です。実際の捕獲は、猫たちが多少なりとも気をゆるしている私が一人で実行するしかなかったのですが、それでもこの方たちの存在のお蔭で、捕獲の決意を引っ込めるわけにはいかなくなりました。それほど、捕獲は想像すればするほど恐ろしく、決意は簡単に揺らいでしまうものなのです。捕獲器も、この時来てくださった方のご紹介でお借りすることができました。こうして、この年、10匹を捕獲して避妊・去勢手術をすることができたのです。 こうした方々に巡り逢えたことは、本当にラッキーでした。 ここからは、ご提案です。 「みんなでやろう家のない猫の避妊・去勢」をスローガンに、相談窓口を設けてください。 窓口で受けた相談には、係員が現場に出向いて、相談者にお会いして話を進めることが何より大切です。怯みがちな相談者の背中を押してあげることが必要なのです。係員としては、適任と思われる区の職員の方が当たられるのがベストでしょうが、私のような経験をもった人を相当数プールしておいても良いでしょう。 もちろん、捕獲器の貸出しや、避妊・去勢手術の費用の助成も欠かせません。捕獲の場合、いつ捕獲できるかは、相手次第ですから、現状のように、期間を設定した避妊・去勢手術の助成の申込など、実効性がありません。全額が無理なら定額でも良いので、係員が現場を確認した猫については、随時100%助成することが必要です。他区では、申請ベースで定額、半額の助成を100%行っていますから、杉並でも可能なはずです。 獣医師も、杉並区内の獣医師であるならどこでもOKとすべきでしょう。定額にすれば、医師による手術費用の差の問題は解決されます。獣医師(医院)の指定には作為が感じられる他、運搬距離、相談者の信頼感の問題もあります。 重ねて申し上げますが、この活動のスローガンは、「みんなでやろう」です。 合わせて、飼い猫の避妊・去勢をより強く要請することも必要です。区報だけでは、なかなか難しいでしょうから、「みんなでやろう家のない猫の避妊・去勢」のポスターと並べて、「飼い猫も避妊・去勢を!」のポスターを貼り巡らしてください。 猫を捨てるような人は論外ですが、アニマル・シェルターは必要だと思います。シェルターを作れば、安易に動物を捨てるようになる、と考える向きもあるでしょうが、単身者、特にお年寄りが入院されたり、亡くなったりした場合、一緒に暮していた動物を保護する施設は大切です。欧米では、動物をペットショップから買ってくるという行為より、保護施設から引き取ってくる、という行為の方が高く評価されます。というより、犬、猫と暮したい人は当たり前のように、施設に足を向けているのです。民度の高い杉並であるなら、この価値観は受入れられ、根付くと思います。いえ、そういう価値観こそが、民度の高さの象徴なのではないでしょうか。杉並独自で保護施設が作れなくとも、施設から譲り受けるという愛のバトンタッチを呼びかけ、そんな価値観を共有できる杉並を作りましょう。 日本での話ですが、犬を飼いたいという幼い男の子を連れて、父親がペットショップを訪ねました。小さくて愛くるしい子犬がたくさんいる中、その男の子は、一際大きく、月齢も重ねた犬の前で足を止めたそうです。そして、「ぼく、この犬が欲しい」。「小さな子犬が欲しかったんじゃないの?」と父親。男の子は答えました。「ぼくがこの犬を飼わなかったら、この犬、どうなっちゃうの?」。その父親は、自分自身を恥じつつ、あたたかい思いに満たされて大きな犬を家族に迎えたそうです。幼い頃だれしもが持っていたこんな優しさを、私達はいつの間にか失い、自分自身のことしか見えなくなっているのです。でも、このエピソード一つで、私達は目覚めることができます。 さらに、猫が飼える環境づくりも必要です。不動産の「ペット可」という表現に、外国人は首をかしげます。動物と一緒に暮らせるのは当たり前なのだそうです。最近でこそ、「ペット可」の賃貸住宅も徐々に増えてきましたが、「ペット可」の物件には税制優遇するなど、この動きをもっと積極的に促進してはどうでしょう。 こうした共生のためのプラスの施策を講ぜずして、安直に罰金を課すことは、誤りであるばかりでなく、恥ずべきことであると思います。猫の登録義務化制度や無責任な餌やりに対する罰金制度の行方は、杉並区内外の多くの方々が見つめています。もちろん、とんでもない施策として。こんな法案が通るようであれば、杉並の心は貧困そのものです。 家のない猫がふっくらとしているのは、住んでいる人の心がふっくらしているからです。そんな杉並を目指して、冒頭の趣旨に添う心のある施策が打ち出されますよう、願って止みません。 敬具 |