本年4月、猫へのマイクロチップ埋込に関して、区長宛の質問状をメールにて送付しました。区からは、すぐに返信をいただきました。返信の内容については、『マイクロチップのない猫は???:杉並区長への質問状と回答』をご参照ください。
回答の中で言及されていた『杉並区動物との共生を考える懇談会報告書』はプリントアウトしながら、忙しさにかまけ、次のアクションを先送りにしていました。そんな折も折、とある方からメールをいただきました。「無登録の猫の飼い主に対する罰則」と「野良猫への餌やりに対する罰則」が制定されようとしているというのです。 「飼い猫の登録義務化」については、「猫の登録義務化の見直しを要請する会」が中心となって、再検討要請の署名活動を行っています。 |
杉並区長への質問状:2006年6月18日
杉並区からの回答:2006年7月3日
以前に、猫のマイクロチップ埋込についてお問い合わせをさせていただいた者です。 マイクロチップの装着に例示される登録制は猫の捕獲・処分につながるものではない、と明言いただいたことにひとまず安心してしまい、『杉並区動物との共生を考える懇談会報告』もプリントアウトしておきながら、忙しさにかまけ、机の上に眠らせておりました。 本日、私宛に、杉並区が『無登録の飼い主に対する罰則』『野良猫の餌やりに対する罰則』を制定しようとしていることに強い懸念をお持ちの方からメールをいただき、慌てて『報告書』に向き合いました。 今日は、飼い主のいない猫に話題をしぼりたいと思います。 以前は、『餌やり』自体が罪悪視され、近頃はそれに『無責任な』という枕詞がつきましたが、区のスタンスはちっとも変わっていないのではないでしょうか。区が『無責任』と言及する内容は、食べ残しやトレーなどの始末という『餌やり』がゆえに出るゴミの始末に終わらず、その猫たちの糞・尿の掃除、避妊・去勢にまで及んでいます。 誤解を恐れずに申し上げます。『餌やり』が出したゴミも処理しないとあっては無責任の誹りを受けて当然ですが、餌をあげる人に、その猫たちの生きることすべての責任があるのでしょうか。 まずは、そこにある命を助けること、これが共生の第一歩です。 地域を清潔に保つために、糞・尿があれば掃除をするのは当たり前のことで、それは『動物との共生』を志す区民の自発的行為であってほしいものです。糞・尿を見つけるにつけ苦々しく思う人より、我が事として掃除のできる『餌やり』の人が掃除をする機会が増えるのは、成り行きであればとて、それを『餌やり』人だけの義務とし、その他の人を無関係、無関心におしやってはならないのです。そこにある命の自然な営みは、区民全体の『生きる仲間』の営みとして、区民全体で受け止め、取り組んでいかなければなりません。様々な価値観を有する区民が様々な気持ちを抱くのは当然のことであり、その中には、強い反発もあるでしょう。その反発に行政がどう対応するのか……『動物との共生』という旗印に照らせば、答は自ずと出て来るはずです。『餌やり』人とその他の人を分ける限り、区民の感情の対立は深まるばかりなのです。 多くの『餌やり』の人々が日々、進んで周辺の清掃をし、猫が出すゴミの数倍、数十倍の人間由来のゴミを掃き取っていますが、これは仕方がないからやっているわけでもなく、ましてや恩に着せる気持ちなどつゆほどもないのは言うまでもありません。『餌やり』人の名誉のために念のために付け加えさせていただきます。 次に、飼い主のいない猫を増やさないために必要な、避妊・去勢ですが、これも区民全員が取り組む問題です。家のない猫に避妊・去勢手術を受けさせることは容易ではありません。やみくもに追い掛けて捕まるものではないからです。日頃の『餌やり』で猫が多少は警戒心を解いているであろう『餌やり』人が、捕まえる可能性の一番高い人ということになるでしょう。そこで、『餌やり』人に先頭に立ってもらって避妊・去勢を実施する。これが本来のあり方なのであって、避妊・去勢が『餌やり』の義務や釈明になってはいけないのです。 糞・尿の始末にしろ、避妊・去勢にしろ、行政が『餌やり』の『責任』の中に組み入れることは、猫を疎ましく思う人を『動物との共生』の目標からどんどんと遠ざけ、『餌やり』人との溝をますます深めることになるのではないでしょうか。 自分があげた餌の後始末ができいないような『餌やり』人は叱責に値しますが、それ以上に、苦情のみを言う人に対して『動物との共生』を啓蒙する必要があるのではないでしょうか。それができるのが行政であり、日々苦情に負われる現実の解決への最善・最短の道であると思うのです。 杉並区のHPの「猫 Q&A」の回答のトーンにも問題があります。 「杉並区では、動物と共生する社会を目指しています。今そこにある命を大切にしながら、飼い主のいない猫が増えないよう、区もボランティアの皆さんも日々努力しています。動物と共生する社会実現のため、区民のみなさんの積極的な参加とご理解、寛容の心を期待しております。」ということから話を進めるべきではないでしょうか。具体的な自衛策等のヒントは、この前提があって初めて意味を持つと思うのです。 長くなりましたが、家のない猫の問題については、『餌やり』をする人とそれ以外の人を区別するのではなく、広く区民全体が『命』を尊ぶ『共生』に向けて『ノーサイド』になるよう、強い信念をもってリーダーシップをとっていただきたいと願っております。 敬具 |
横倉 初江 様 |