罹患猫
*ゴンちゃん(8歳8ヶ月)
以前から、口臭が気になっていたのだが、とりわけ臆病で、ワクチン接種にも行けないゴンちゃんのこと、そのままにしていた。
ある晩、何となくゴンちゃんの顔を覗くと、右上部犬歯が妙に長く外に出ている。色も黄褐色に変色。そっと触ってみると、ぐらつく。歯周病と思われた。家系的に歯が弱いのか、母親のロッキーママは、歳とは云え、全部の歯を抜歯していたし、兄弟のトンちゃんも、3歳の時に、すでに3本抜歯している。ゴンちゃんも、おそらく抜歯することになるのだろう。
翌日、注意深く観察していると、食事場所には行くものの、何も食べようとしない。そう言えば、最近、ゴンちゃんは滅多に行かない2階へ行っては、部屋の隅に置いてあるテーブルの奥で丸くなっていた。相当痛かったのだろう。もう少し早く気付いてあげれば良かった。
ゴンちゃんの悲鳴は覚悟の上で、病院へ連れて行った。
『歯周病』という言葉は、テレビCMでも良く聞かれ、身近なものとなっています。この歯周病、ヒトに特有な疾患ではありません。猫は3歳に達するまでに何と80%が歯周病に罹っていると言われているのです。今回は、その歯周病を取り上げてみましょう。
【歯周病とは】
歯周病とは、歯垢(プラーク)によって起こる、文字通り『歯の周りの病気』です。
歯垢は、食べ物と唾液が混じって口腔内で繁殖したバクテリアが、ネバネバした水にとけにくい物質と共に歯の表面に付着したもので、言わばバイオフィルム(バクテリアの膜)です。
歯垢内でのバクテリアの活動や繁殖は活発で、歯垢が付着してわずか6〜8時間で歯に接する歯肉に炎症を引き起こすと言われています。
この炎症が「歯肉炎」。歯周病の初期段階に当ります。
この段階で適切な処置をせず、歯垢を放置すると、唾液中のカルシウムやリンなどのミネラルと結びついて石灰化し、歯石が形成されます。
表面がざらついた歯石は、歯垢が付着しやすく、これが歯と歯肉の間(歯周ポケット)に入り込むと、歯周病菌の温床となり、ポケットは拡大し、歯茎は後退。炎症は広がり、歯を支えているセメント質や歯根膜、歯槽骨を壊してしまいます。これが「歯周炎」で、痛みを伴います。
歯周炎がさらに悪化すると、歯は段々とぐらつき始め、やがて抜け落ちてしまいます。
歯周病の恐ろしさは、疾患が口腔内にとどまらないことです。歯周病菌やその毒素などは、歯周ボケット底部の血管等に入り込むと、体内を循環して、心臓や肝臓、腎臓など重要な臓器にも感染が広がってしまう危険があるのです。
歯周病って、そんなに恐ろしい病気だったんだ。だからゴンちゃんは、今回、血液検査で肝機能や腎機能の検査もしたわけかあ。異常なしで良かった!でも、我が家の12匹は、ほとんど同じフードを食べているのに、歯周病になる子とならない子がいるのはどうして?
歯周病は、3歳の時点で80%の猫が罹っているという一般的な疾患ですが、その程度には個体差があります。ソマリやアビシニアンといった特定の猫種が歯周病に罹りやすいという傾向もあるようですが、一般に免疫力、体力の低下が歯周病を悪化させる要因ともなります。加齢、腎臓病・糖尿病等の慢性疾患、猫白血病ウィルス・猫後天性免疫不全(猫エイズ)等の感染症は、免疫力を低下させますので、より注意して歯、歯肉の状態を観察することが大切です。以下に歯周病のチェックポイントを列挙します。
【歯周病のチェックポイント】
■口臭がしないか
■唾液を垂らしていないか
■歯肉(特に歯と接する縁の部分)が赤くなっていないか
■黄褐色の歯石が溜まっていないか
■前足で口の辺りを拭う動作をしていないか
■ぐらついている歯はないか
■歯肉から出血していないか
■食べ方がいつもと違わないか
■食欲を失っていないか
■グルーミングをしなくなっていないか
■水を飲まなくなっていないか
■抜け落ちた歯、折れた歯はないか
歯周病が進むにつれ、痛みは増し、食べたくても食べられない状態から、さらに食欲自体を失い、体力が低下します。また水を飲まなくなると脱水症状となり、全身状態が一段と悪化してしまいます。
上記の症状のいずれかを見つけたら、すぐに獣医師に相談してください。
ゴンちゃんの口臭に気付いたのは、もう何年も前だったのだから、その時点で病院へ連れて行けばよかった。でもねえ、ゴンちゃんは、病院へ行くまでに死んでしまうのではないかと思うほどパニックになるから、先送りしてしまったのよねえ。今回、有無を言わさず病院へ連れて行ったのだから、もっと早く連れていくこともできたはずなのに……。そうすれば、歯を失わずに済んだのに……。
【歯周病の治療】
獣医師は、まず、口腔内の検査をします。
歯垢・歯石の付着の程度、炎症の進行度、周辺組織の損傷の程度を、レントゲン等を使用して確認します。
軽度の歯肉炎の場合、歯垢・歯石を除去、抗生物質を投与して、歯周病菌を一掃してしまえば、健康な状態に戻すことができます。
炎症が進行して、歯周炎になっている場合は、歯垢・歯石の除去にとどまらず、炎症を起こしている歯肉部やセメント質等の病巣組織を切除し、洗浄・消毒をしなければなりません。
また、歯がぐらついていたら、抜歯をする必要があります。
獣医師による処置は、いずれも麻酔下で行われます。
ゴンちゃんは、結局、右上の犬歯の他に2本を抜歯、残る歯の全ての歯石を取り除き、磨いていただいた。もちろん麻酔下での処置だが、普通は、入院する必要はない。だが、ゴンちゃんの場合、家に帰っても怯えて、抗生物質を飲ませることが難しいだろうと判断し、2晩入院させていただいた。
入院中は、予想に反して、実に静かで大人しかったとのこと。それでも、家への帰り道は、声が涸れるほど、わめき続けていた。
3本の歯は失ったが、口臭はすっかりなくなり、残る歯は真っ白。
5年ほど前に、やはり歯周病で奥歯2本を抜歯したトンちゃんも、未だに口臭とは無縁で、真っ白な歯を保っている。
ゴンちゃんもそうであって欲しい。
それにしても、愛猫の歯を失わせてしまったのは、私の責任。恥ずかしいことだ。まして、彼らも歳を重ね、麻酔のリスクに耐えられない時がくるかもしれない。そんな時に、歯周病を悪化させて、食べられない状態を招いては、まさに生死の問題になる。やはり、歯周病は予防しなくては!
【歯周病の予防】
■歯磨き
歯周病の予防は、その原因である歯垢を溜めないこと。理想的には毎食後のブラッシングということになりますが、人でさえ、なかなか実行できないのですから、相手が猫とあっては限りなく不可能に近くなります。でも、一日一回、少なくとも週に2〜3回のブラッシングするようにしましょう。それでもかなりの効果が期待できます。(『歯のケア』参照)
■デンタルケア用のフード
巷では、ドライフードは歯石を落とすと言われていますが、これは間違いです。ドライフードは、ウェットフードに比較して歯に付きにくく、歯垢の蓄積速度を遅くすることはできますが、ひとたび形成された歯石を落とすことはできません。
最近は、デンタルダイエットが開発されており、確実に歯石形成を抑制することが確認されていますので、これを日常的に給餌することは実効性、実行性ともに高い予防方法です。獣医口腔衛生協会(VOHC)に認可されているデンタルダイエットを選びましょう。
治療より予防、今日は改めてそれぞれのお口の中を拝見しましょう。もっとも、レオナ、コエリ、クーちゃんは、体にさえ触らせてくれないから、無理だけど……やれやれ
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