ネコを家畜化する一方で、古代エジプト人は猫を神として崇拝している。猫の瞳の鋭敏な変化は、太陽の回転に従うものであり、闇の中で物を見ることができるのは、夜、太陽がネコの目を通して下界を見るためだと考えられた。こうした信仰は、女神バステトを生んだ。 | |
【女神バステト】 |
猫の頭を持つ女神バステトは、恵み豊かな太陽の熱を神格化したもので、夜になって眠りこんだ太陽を蛇どもから守るために寝ずの番をしているという。 猫もバステトも蛇の天敵であり、出土したパピルスの中には、猫が蛇の頭を引き裂いている図がある。 紀元前1200年代、第19王朝時代の「死者の書」第17章には、太陽神ラーの化身である聖猫マトゥが、悪と暗闇の象徴である沼地の蛇アポピスと闘う図が描かれている。 |
神聖視されるようになった猫を殺傷することは、故意・過失を問わず、事情のいかんを問わず、犯罪であり、刑罰を受けることによってその罪を償わなければならなかった。 | |
【猫のミイラ】 |
一方、猫が死ねば、家人は悲しみを表明する為に眉を刷り落とし、死体をミイラにして手厚く葬った。1890年にイギリスの探検家がベニ・ハッサンで発見した猫のミイラは30万個に達したと言われている。 |
ギリシアの史家、ヘロドトスはその著書『歴史』の中で、火事の際のエジプト人の不思議な行動を記している。火事の時は、真っ先に猫を救わなければならず、人は消火には見向きもせず、猫が火の中に飛び込まないよう、一定間隔で立って監視をしていたというのだ。 また、紀元前525年のペルシアとエジプトの戦いでは、ペルシア軍が最前列に猫を配したために、矢を放つことのできないエジプト軍が大敗したと伝えられている。 ことの真偽は別として、猫がいかに神聖視され敬われていたかが伺い知れる伝承である。 さて、女神バステトは太陽を神格化したものとされているが、牡猫が太陽とオシーリスに捧げられているのに対し、牝猫は月とイーシスに捧げられたようだ。猫の瞳の変化を月の満ち欠けになぞらえたもので、謎めいた性格や静電気を帯びる体などとあいまってスピンクスとも同一視される向きもある。 また、体を丸めた姿、長時間不動に眠っていられる能力から、エジプトの聖職者は猫を「内省の象徴」としていたという。 いずれ「ことわざ」のセクションでも紹介するが、 A cat has nine lives. (猫には九生ある)という言い回しがある。この起源も古代エジプトにあるようで、猫は九つの魂を持ち、九度生まれ変わることができると信じられていた。 【参考文献】 『動物シンボル事典』 『日本大百科全書』 『世界大百科事典』 『世界歴史大事典』 『猫の歴史と奇話』 |