高円寺には、知る人ぞ知るおばあちゃんがいる。おばあちゃんは、いつもショッピング・カートを押して歩く。 
						 
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							おばあちゃんは行く先々で人に囲まれる。おばあちゃんの美貌もさることながら、みんなのお目当ては、カートの中らしい。 
						 
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						そう、カートの中には、小振りでつややかなブラック・タビーが大人しく乗っているのだ。 
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					| 私がおばあちゃんと出逢ったのは、かれこれ2、3年前。銀行や近所にお買い物に出たときに、ときおり行き会っていた。最初に出逢った時は、ショッピングカートは2階建てになっていて、下に小型犬、2階に瓜二つのブラックタビーの猫が2匹乗っていた。ワンちゃんはもちろん、2匹の猫もリードをつけていなかった。おばあちゃんが、お蕎麦屋さんでお食事中のときも、3匹はカートに乗ったまま、おりこうに待っていた。商店街を行き交う人は、その光景に引き寄せられるように、カートに近づき、にゃんちゃん、わんちゃんの頭を撫でていく。ワンもニャンも、差し出される多くの手を平然と受け止めていた。 | 
					夏になると、カートにはきれいな布の屋根が付く。おばあちゃんの手作りの屋根だ。冬になると、ワンもニャンもコートを着ていた。 
							 
							最初におばあちゃんに出逢ったときから、写真に撮って紹介したいと思っていながら、あたふたと用事に走り回る私は、カメラを持っていなかった。今日こそは、とカメラ持参で外に出たときは、おばあちゃんに会えずじまい。 
							カメラを持った私がおばあちゃんと行き会うまでに、ずいぶんと時間がかかってしまった。
						
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					今カートは、平屋になった。乗っているブラックタビーは、以前の2匹とそっくりだが、リード付きだし、視線も鋭い。 
							カートが2階建てだったころの3匹は他界してしまったのだ。 
							それにしても、よく同じようなブラックタビーが見つかるものだ。リリーと呼ばれるこのニャンは、一体何代目なのだろう。 
							おばあちゃんは、ぽつりとつぶやく。 
							「私も歳だから、この子が最後だわね」 
							 
							この日、おばあちゃんは、リリーにレースの首輪を作ってあげようと、お買い物に来たという。
						
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						「リリーちゃん、お顔を見せてくれないかなあ。お写真撮ろうよ」 
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						カメラを片手に何とかいいショットを、とカートの周りをぐるぐる回るが、リリーちゃんは、知らん顔。 
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						気の毒がって、おばあちゃんが手を持って立たせてくれたのだが、当のリリーは「シャーッ」と怒り出してしまった。 
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						「犬なら、ちゃんとポーズをとるんだけどねえ……」済まなそうに言うおばあちゃんを尻目に、リリーちゃんは、耳を平にして睨みをきかせる。 
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					すっかりご機嫌をそこねてしまったリリーちゃんに、「ごめん、ごめん」と平謝りして、お披露目ショットの撮り納め。
						 一人暮らしのおばあちゃんにとって、リリーはかけがえのない存在だ。この子が最後の子、と意を決し、残された自身の時間をカウントダウンするおばあちゃんだが、最初に出会ったときと少しも変わらず、この日も美しく輝いていた。 
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