前田義昭・前田マリ二人展拝見

2007年9月21日

9月も20日を過ぎたとは思えない強い陽射しの中、また増えるシミを気にしながら、田町駅から第一京浜に沿ってサーカス・カフェへと向った。3時に前田義昭さんが待っていてくださるとのこと。「ヒゲですぐ判りますよ」というマリさんの言葉通り、通りに面した席に座るその人が義昭氏と瞬時に判り、ガラス越しに挨拶を交わした。テーブルの上には、ライカのカメラがさりげなくのっていた。私も20年ほど前、カルチャーセンターの写真教室に1年通ったが、ライカのシャッター音と手応えが好きだった。
まったくの初対面ながら、猫に思いを寄せる者の常で、よどみなく会話は進む。マリさんが『杉並、猫、登録』というキーワードで猫三昧のHPに辿り着き、お手紙をくださったのがご縁だから、話題は当然のことながら地域猫問題になる。
新幹線のレールと第一京浜に挟まれたビル群を見渡す限り、猫の気配は感じられないが、ちょっと路地に入れば小さな公園があるらしい。そこに暮らす猫たちを義昭氏をはじめとするボランティアの方が、食事や避妊・去勢の面倒をみている。だが、ここにもビルの管理人等から不当な横やりが入る。そこで怯まないのが義昭氏だ。クレーム主の会社の親会社である大会社の社長宛に手紙を送った。無視されてしまったかと思いきや、詫び状が届いたとお聞きして、私の中で、俄然その会社の株が上がったのだが、それも義昭氏の姿勢と迫力があってのことだろう。義昭氏は受け取った詫び状を公園に張り出したそうだ。一時は、それで収まりがついたかに見えたが、最近はまた、ご飯をあげる傍から、管理人がチリトリに放り込んでいるとか。
そればかりではない。避妊・去勢に連れて行くから、と猫を預り、区の助成金との不透明な差額を要求する似非ボランティアまで出没しているらしい。猫をめぐって、この界隈もかなり騒々しいようだ。
世界をめぐることの多い氏は、さまざまな町の猫のあり様を眺めながら、日本の了見の狭さを嘆く。

サーカス・カフェは、2フロアのこじんまりとしたカフェだが、大きなガラス窓が開放感を与えてくれる。左右の壁や階段の手摺下には、今回の二人展の作品が掛けられている。
テーマは、『ギャラリーブックで遊ぶ』だ。ギャラリーブックとは、CDケースに入ったカレンダーのような体裁で、表面に絵や写真、裏面にストーリーが印刷された紙片が製本されずに収められている。お気に入の写真や絵をフレームに入れて飾ることもできれば、コピーを取ってオリジナル・アイテムを作ることもできる。コピー機は便利なもので、拡大・縮小もできれば、モノクロ/カラーも自由に選べる。用紙を工夫すれば、さらにバリエーションが広がる。
展示されていたのは、可愛いぽち袋にオシャレなA4の封筒、ホッチキス止めのノートの表紙を挿し替えたオンリーワン・ノート、転写シートで作ったTシャツ、紙片を縦横に組み合わせたモビール、ポスター……ガラス窓の天井からは、トレーシングペーパーに拡大コピーしたものが洗濯バサミで吊るしてあった。光を通し、ステンドグラスのような趣きがある。
コピーなど、画家さん、写真家さんが嫌がりそうなものなのに、お二人は、これで遊んでください、と提案している。私は俄然遊び心が刺激された。さて、何を作ろうかな???

サーカス・カフェから歩いて5分、前田さんのアトリエ、画房ルルにお邪魔した。24日で、アトリエを移すとか。ぎりぎりの滑り込みセーフ。出迎えてくださったのは、マリさん。スリムな長身、繊細さの中にしっかりとした幹を感じる美しい方だった。声もしっとりとしたアルトで、ゆったりとこれまた美しい日本語を話す。大きなテーブルの向こうにある書棚には、読み込まれたジャズ関連の書籍が並ぶ。マリさんの空間なのに、訪れた者まで落ち着かせてくれるのは、それが真にマリさんの空間だからだろう。アトリエにあるどの一つも、マリさんにとって大切なもの。これ見よがしな装飾などどこにもない、澄んだ空間だった。
「多摩川の猫たちは無事だったでしょうか」
この問いを皮切りに、ゆっくりと猫の話、猫アート談義へと進む。
壁に掛けられたマリさんの作品を拝見したのは、1時間以上も経ってからだった。
マリさんの中にしっかり根ざした幹が生み出す猫たちは、みな意志を持っている。マリさんの独特な筆致が描き出す猫たちの最高の魅力だろう。
テラスにも何枚か掛けられていた。アールのついた屋根とガラスに囲まれたサンルームのようなテラスには、潮風が心地よく流れ込む。新幹線の音が初めて聞こえて、ビルのロケーションを思い出す。部屋の中は、信じられないほど静かだったのだ。
テラスに置かれたコレクション・テーブルには、ビンの蓋や、レトロなオモチャなど、マリさんお気に入りのアイテムが並べられている。私が本当に好きな物は何なのだろうか、とふと考えさせられた。
作品の中から小さな黒猫を1点、柴田よしき作『猫は引っ越しで顔をあらう』の表紙画の原画を1点譲っていただくことにした。到着したらご紹介します。

サーカス・カフェに着いてから何と3時間、会社帰りの人の流れにのって第一京浜を田町へと向った。

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