猫の時間 松風直美個展 訪問

2004年4月3日

変わり易い春の天気。今日の春うららは逃がせない。仕事に目をつぶって、電車に飛び乗った。この一年の間にも数回訪れている谷中だというのに、気が急いていたのか、一駅前の根津駅で電車を下りてしまい、地上に出るや間違えたことに気が付いた。歩くしかない。方向はこっちで良かったかなと立ち止まってはキョロキョロ。千駄木の駅を見つけてほっとした。猫町への道すがら、ふくふく猫にも立ち寄り、もりわじんさんの猫たちにご挨拶。新しいモチーフや作風の作品もたくさんあったが、目に止まったのは、大振りの招き猫。次ぎのチャンスに是非、と思う作品3点とそのお値段を脳裏に焼きつけて、猫町に向かう。

猫町では、先客が松風さんを囲んで切り絵に挑戦していて、明るい活気に満ちていた。だが、その明るさを醸し出していたのは、人ばかりではなかった。作品に色が溢れているのだ。ご案内状になっていた切り絵を見た瞬間に感じた作風の変化---見る人を勇気づけてくれる、友だちのような猫から、フェミニンで美しく、憧憬を抱くような猫へ--も確かにあったが、この一年の一番の変化は、やはり『色』なのだろう。これまでは、色があっても、切り絵はあくまで黒で、色は下に敷いていた。ところが、今回は、和紙にご自身で彩色して、色の微妙な変化や筆のタッチを出し、パーツ、パーツで切り絵細工を施している。一作品一枚の切り絵、という縛りからも解放され、紙を自由に重ね、彩色と貼り絵と切り絵とで、一作品を作り上げていた。色は、原色に近いものもあれば、しっとりと落ち着いきのある和色もあり、色の爆発のようにも感じられた。松風さんご自身も、これまで黒の紙を切り続けていた間に蓄積された、色を求めるエネルギーの発露、と語っている。

切り絵は、光りのアートでもあり、松風さんも以前からランプシェードなどを手掛けてこられたが、今回は『月の船』と題された作品が出展されていた。三日月のフォルムから月のように優しい光が放たれ、森の木に上って月を眺める猫たちの姿を浮かび上がらせていた。

従来の松風さんの作品は、松風さんならではの、リズミカルでしかもずしんと心に響く関西弁の『ことば』が切り絵の大切な要素だった。絵自体もさることながら、この『ことば』があることにより、メッセージは明確に見るものに伝えられた。今回の作品には、『ことば』がないものが多く、あってもそのウェイトはかなり小さい。新しい表現にチャレンジして出来上がった『絵』が何を語りかけるのか、それは見る側に委ねなければならない。『ことば』のない作品を作ることは、松風さんにとって、きっと勇気のいることだったろう。それは、『色』以上に大きな変化だったように思える。


2004年4月1日(木)〜11日(日)
11〜18時
5、6、7日休廊
ギャラリー猫町
東京都台東区谷中2-6-24
PHONE:03-5815-2293

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