この町:荻窪駅南口付近(東京都杉並区荻窪3丁目)
December 2003  by neco

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このサイトを立ち上げてから、necoは、学生時代にはとんと縁のなかった図書館に通うようになった。昨日も昼食後、筆記用具を抱えて、いそいそと図書館に向かった。荻窪駅南口から徒歩5分ほどのところに、杉並区立中央図書館がある。今回は、猫にまつわるフランスの諺を調べる予定だった。ところがところが、図書館のドアはロックされていた。年末の図書整理の為に、10日間休館とのこと。残念。
そこで、急遽、予定変更と相成った。幸い、にゃんこに出逢えるかも、とカメラを持参していた。せっかく出てきたのだから、少し散歩をしてみよう…

荻窪は、基本的には住宅街だが、駅周辺には、荻窪ルミネ、タウンセブンといった大きなショッピング・モールもあれば、ヒューレット・パッカードやアメリカン・エキスプレスの高層ビルもある。南口を出て、裏通りを東に200mほど歩くと、アメックスのビルの裏手に出る。その前にあるのが、こ時代劇のセットのような門。「明治天皇荻窪小休所」跡として史跡に指定されている。銀光りする高層ビルとの絶妙なコントラストの中で、静かに、堂々と平成の空気を吸っている。この門の向こうの小休所は、どんな風情なのだろう、入ってもいいのかしらん?と、しばし前に佇んでいると、向こう側から、どんどん人が出てくる。まるで、日常の通行路、といった様子だ。それなら、と門の横手の通用口をくぐると、そこは、インターロッキングされた空き地。史跡として残されているのは、この門だけなのだ。向こう側から門を振り返って驚いた。門の屋根の下は、駐車場になっているのだ。右に2台分、左に4台分。どういう関係の車が止まっているのか定かではないが、ごく普通の車が1台止まっていた。都内でも指折りの贅沢な駐車場だ。

さらに東に150mほど行くと、右手角に時代を感じさせる建物が目に止まる。小さなドームの下の壁面には右から左へ「西郊ロッヂング」という文字が貼られている。1ブロッック向こうまで敷地の続くこの建物には、「割烹旅館西郊」という看板も出ている。一体どの時代に建てられたのだろう、興味をそそられたnecoは、思わず、旅館の門をくぐった。運良く、お客様を見送りに出ていらした3代目ご主人とお会いすることができた。旅館は昭和5年の創業、そしてこの建物は昭和13年に建築されたものだそうだ。荻窪周辺は、北口方面は戦火に焼かれてしまったが、南口界隈はまぬがれたそうで、こちらを初め大きなお屋敷が残っている。3年程前に、内部の改修工事をした際、いっそのこと建て直しを考えたそうだが、建築家の方に屋根から床下まで見ていただいたところ、まだまだもつと太鼓判を押され、内部改修に留めたそうだ。「西郊ロッヂング」は、その名の通りアパートとなっている。新築のアパートさえなかなか埋まらない昨今、こちらにはウィティング・リストが出来ているとか。旅館は、ビジネスマンや冠婚葬祭でこちらに来られた方、スポーツ関係の団体さんなど、幅広く利用されている。

「西郊」からさらに50mほど東に行くと民家でもでもなく、公共施設にも見えない建物がある。何だろう、と見上げると「かん芸館」という瀟洒な看板がさりげなく掛かっている。「かん芸」の「かん」は、看板には漢字で書かれている。「行」という字の真ん中に「干」が入った字で、「喜び楽しむ」「和らぐ」といった意味を持っているとか。ここは、個人の方が造られた貸ホール&ギャラリーだ。プレイエルのグランドピアノも置かれ、ミニコンサートを開くこともできる。今週末にピアノ・コンサートがあるらしく、ピアニストの練習演奏がドア越しに漏れ聞こえ、しばし、クラシックの世界にひたってしまった。いずれの日か、こちらで猫アート展を開いてみたいなあ、と思いつつ、階段を降りた。

「かん芸館」の駐車場を挟んだ隣が「中央図書館」、そしてその向かいに「区立荻窪体育館」がある。



休館の図書館を通り過ぎ、住宅街の路地を右折する。道路一本奥に入ると、道幅が急に狭くなり、行き止まりがあったりと、なんだか迷子になりそうだ。こんなところには、にゃんこがいそうなものだが、文字どおり猫の子一匹見当たらない。何ともいえない寂しさに辺りを見回すと、一軒のアパートの窓越しににゃんこの尻尾が見えた。続いておばあちゃんが窓から顔を覗かせた。
「猫ちゃんですね」
声を掛けると、
「ええ、いっぱいいるのよ。5匹も」
そう言って、窓を大きく開け放してくれた。
こたつの上に3匹、奥に一匹。あと一匹はこたつの中だという。
「猫ちゃんの写真撮ってもいいかしら」
「ええ、いいけれど…」
カメラを構えると、こたつの上の猫は、茶トラ一匹を除いて逃げ出してしまった。
「この辺りは、猫はあまりいないのかしら?見かけませんけど…」
「そんなことないわよ。うちに5匹でしょ、筋向かいのお宅に2匹、あそこの家には7匹いるし…。この時間は、みんな家の中でお昼寝してるんじゃないかしら」
おばあちゃんのお話を伺って、先程の寂しさはすっかり吹き飛んでしまった。おばあちゃんにお礼とお別れを告げ、再び歩き出す足取りは軽かった。

程なく、樹齢を重ねた木々が整然と並ぶ一角に出た。大田黒公園に違いないが、何だかきつねにつままれた気分だ。以前に一度来たことのある大田黒公園は、もっと西にあったような気がするが、きっと記憶違いだろう。頭の中で、地図を書直す。大田黒公園は、著名な音楽家だった大田黒元雄氏のお屋敷跡、2679.63平方メートルの土地に、杉並区が6300平方メートルを加えて日本庭園として整備したものだ。園内には、樹齢90年を超えるイチョウ並木をはじめ、ケヤキ、アカマツ、シイノキなどの巨木が良く手入れされ、折しも目に鮮やかな色の競演を見せていた。数寄屋造りの茶室では、茶会が開かれている。広い芝生の向こうには、大きな錦鯉のおよぐ池、そこに四阿がある。前回訪れたときは、たくさんの亀が甲羅干しをしていたが、今回は亀の姿は見えなかった。
昭和8年に建築された大田黒氏の仕事部屋は、レンガ色のハイカラな建物で、今は記念館となっている。運良く公開中だったので、中に入る。紅葉の庭を望む洋室に、100年前に製造されたスタンウェイのグランドピアノが置かれていた。表面のマホガニーはさすがに剥がれてきていたが、耳をすませば氏の奏でるメロディーが聞こえてきそうな錯角に陥る。100年前のピアノ、樹齢90年のイチョウ、70年前に建てられた洋館…たくさんのものを見続けたもの達に抱かれるような空間の中で、すべてを許されているような、言い知れぬ安らぎを感じた。

図書館が休館だったお陰で、身近な素敵なものをたくさん発見できた。感謝。