平成19年正月猫模様:ロッキーママと食客たち(H.1.23)

ロッキーママは、相変わらず玄関先の自室で暮らしている。玄関ドアを挟むように軒下に置いてあるログ犬舎と大型犬用のキャリーを、気分次第で使い分けているのだが、冬になってキャリーに落ち着いている。どちらにもキャットベッドにあたたかな毛布を重ねているのだが、高さのあるキャリーの方には、キャットベッドの上にさらにカマクラ型のドームベッドをしつらえてあるからだ。入口はフリースのブランケットをカーテンのようにつるし、通気穴は透明のビニールで覆い、毛布の下にはホッカイロ、と寒さ対策は万全だ。

それでも、長い夜を一人で過ごす寂しさを思い、時に室内に抱いて連れてくるのだが、申し訳程度に5分居るのがせいぜいで、さっさと玄関に小走りで戻り、玄関ドアに向って冷たい石の上で正座している。心地よい寝床と満足のいく食事があれば、外の暮らしは止められないらしい。

冬に備えて、しっかりと脂肪を蓄えたロッキーママは、年を重ねても健康そのもので、塀を駆け上がる姿を見ていると、本当の年令は一体いくつなのか、と訝しく思う程だ。Neco家に来たときに、獣医師さんは8歳か9歳と見立てていたから、7年経った今は15歳か16歳のはずなのだが…。歯こそ全部ないものの、毛並みもすばらしく、肉球も柔らかで、話し掛けるたび「ウフン、ウフン」と返事してくれる声も愛らしい。ストレスのない生活の賜物なのかもしれない。

ロッキーママの茶飲み友達のジロちゃんは、昨年の秋口からとんと姿を見せなくなった。ジロちゃんの飼い主さんによると、neco家に来なくなったのと引き換えるように、毎日自宅に帰るようになり、ミルクを飲んではまた出かけて行くという。それを聞いて、ほっとした。何しろジロちゃんは、ロッキーが連れて来た友だちで、ロッキー亡き後はファイトの舎弟を務め、ファイトが去ってからは、ロッキーママの茶飲み友達、と都合8年もneco家に通っていたのだから、家族も同然なのだ。ミルクだけでは満腹にならないのだから、違うお宅でご飯をいただいているに違いない。

それにしても、どうしてNeco家に来なくなったのだろう。
「ジロちゃんに意地悪でもしたの?」
とロッキーママに聞いてみたが、
「ふぬ〜」
と曖昧な返事。
「ジロちゃんが来てくれなくて、寂しくなあい?」
と重ねて尋ねると、間が悪そうな素振りを見せた。

ジロちゃんと入れ替わるように、やって来るようになった猫がいる。やって来る、とは言っても、こちらが見るのは、人の気配にすごすごとログ犬舎を後にする後ろ姿なのだが。サバトラのその猫は、ログ犬舎で一眠りしては、出て行ってしまう。小屋の脇に置いたご飯には手を付けない。何度目かに見かけたとき、声を掛けてみた。振り返ったその体は、痩せ細っていた。以来、ログ犬舎の中にドライフードを入れるようになった。食べたかな、と期待を込めて覗くと、フードは僅かに減っていて、残りは唾液でくっついていた。口内炎でも起こしていて、満足に食べられないのかもしれない。ご飯皿は、2つになった。猫缶のお皿とドライフードのお皿だ。以前のように、犬舎を出る姿は一度も見ることがなくなったが、猫缶のお皿は、必ず減っていた。食べてある量は徐々に増え、今では、きれいになくなっている。朝晩、新しいご飯を入れ、空になったお皿を見るにつけ、わずかずつでも丸みをおびているであろうサバトラ君の脇腹を思う。

長いことご無沙汰だったジロちゃんが、お正月になって再び姿を見せるようになった。久方ぶりの再会が嬉しくて、いそいそとご飯を用意した。ジロちゃんは、大きな缶詰をぺろりと平らげ、おかわりを所望する。ふむふむ、ご飯をくださっていたお宅が、家族旅行にでも出かけてしまったのだろう。翌日も、その次の日も、ジロちゃんはやって来た。ジロちゃんのneco家訪問が再び始まったのだ。
「ジロちゃん、お宅に伺ってますか?」
「ええ、また来てくれるようになりました」
「そうですか。すみませんねえ。このところパッタリ家に戻らなくなったものだから。」
今度は、ジロちゃんの飼い主さんがほっとしたに違いない。

ところが、最近またまたジロちゃんの姿を見かけない。サバトラ君も見えない。もしかして、ログ犬舎のご飯を食べているのは……ジロちゃん???
「ロッキーママ、隣の小屋のご飯を食べいるのはだれ?」
「……」
「サバトラ君なの?」
「ふうん」
「それとも、ジロちゃんなの?」
「ふうん」
「一体どっちよー」

ジロちゃんが、例の別のお宅でご飯をいただいていて、ログ犬舎のご飯を食べているのはサバトラ君であることを祈るばかりだ。