ごめんなさい‥‥ (H.16.8.26)
先週末、猫三昧の『里親募集』をご覧になって、S夫妻がお店を訪ねてくださった。お話を伺えば、ご自宅には、里子として迎えた雌猫2匹が仲良く暮らしているという。もう一匹だったら、家族として迎えられそうだ、と里親を申し出てくださったのだ。ご指名をいただいたのはレオナだった。13匹の大所帯で暮らすこと一月半。兄妹4匹で存分に遊び、先住者に寄り添って眠る子猫たち…できることなら二匹ずつで家族に迎えてほしいと私は願っていた。まして、先住者のおっぱりを夢中でしゃぶり続けるレオナとあっては、なおさらだった。でもS夫妻の家には、雌猫が2匹いる。しかも、一方は目に障害があり、もう一方がいたわりながら、信頼しあって暮らしているという。そんなお姉さん猫がいる家庭に迎えていただけるなら…それは願ってもないお話だった。そして何より、そうした猫たちを心から愛し、大切にしているS夫妻なら、安心してレオナを託すことができる。木曜日にレオナをお宅まで連れていくことに決まった。
にわかにレオナを送りだす準備が始まった。ワクチンも打たなければならないし、ウィルス検査もしなければならない。レオナの好きなご飯はどれだったかしら?買っておかなければ…先方のトイレにスムーズに馴染むように、当日したウンチも持っていかなくっちゃ…おもちゃもいくつか用意して…。
レオナの姿は見ないようにしながら、準備を進めていった。
水曜日、いまだに触ることのできない『こえり』を除く3匹をラブリー動物病院へ連れていった。3匹まとめてキャリーに入れて車に乗せる。この兄妹はまず鳴かないのだが、レオナだけは、例外。大きくなった体とは不釣り合いな赤ちゃん声で鳴く。車の中でも、レオナの「みー、みー」という声だけが聞こえてくる。
「この子、里親さんが見つかったんです」
ラブリーの先生に報告する。つとめて明るく言ったつもりだった。
「それはよかった!」という先生の返事を予想していたが、私の耳に届いたのは、
「それは寂しいねえ…」という言葉だった。
(いやだ先生、私、一生懸命我慢してるのに……)
体重1.35キロ、ウィルス陰性、1回目のワクチン接種終了……
先生は、ワクチン接種証明書やワクチン手帳を作りながら
「レオナちゃんの名字は今のままでいいですか?」
と尋ねる。
「はい」
本来なら、Sさんの名字にしておくべきなのに、なぜかそれが言えなかった。
ワクチンを打った子猫3匹は、多少だるいのか、午後は静かに眠っていた。
眠っている猫は、なぜか起こしたくなるものだ。おとうさんは、たいてい、ひょうきん者のシマチュウ(ムーミンから改名)を連れてくる。だが、この日ばかりは、何度となくレオナを抱き上げ、膝に乗せては、だまって撫でていた。私もおばあちゃんも、見て見ぬ振りをした。
夕方になって、お腹を空かせた猫たちが一斉に目を覚ました。レオナは、ぬーちゃんのおっぱいを吸おうと、点ほどの牡猫のおっぱいを探す。いつものことではあるが、今、ぬーちゃんのお腹をまさぐり続けるその姿に、異常なほどの執着を感じるのは気のせいだろうか。そんな二匹のもとに、『こえり』ちゃんがやってきた。『こえり』ちゃんが食事と遊びのはずみ以外に、私たちの目の前に現れることは一度としてなかった。それが、何を思ってか、二匹が横になっているキャットベッドに飛び乗り、おっぱいを吸うレオナを守り隠すように座り、こちらの目を真直ぐ見つめる。
「どうしたの、こえりちゃん?」
「これりちゃんは、レオナちゃんが一番好きだから……」
おばあちゃんが、ぼそっと言う。
この後も、『こえり』ちゃんは、幾度となく私たちの前に座っては、私たちの目を射るように見続けた。未だに目が会うと逃げる用意をする『こえり』ちゃんの、この無言のメッセージに、私の決意は揺れた。
夜、レオナを探すと、おばあちゃんの椅子の下で、一人丸くなっている。いつもなら、他の猫たちと一緒に仰向けになって、お腹を出して眠っているのに、この時ばかりは、まるで仲間はずれのように、小さくなって目をつぶっている。その姿は、何とも寂し気で、影が薄くさえ見える。
すべてが私の気持ちの投影であることはわかっていた。S夫妻のもとでの生活に慣れてさえしまえば、夫妻と2匹のお姉さん猫に甘え、すこやかに成長し、自分の兄妹のことも、大好きなぬーちゃんやらーちゃんのことも、私たちのことも、すべて忘れてしまうこともわかっていた。ただ、私自身が手放す辛さに面と向かえずにいるだけだった。
里親が見つからなければうちで暮らせばいい。そう思って、4匹を迎え入れた時から、このシナリオは書かれていたのだろう。それでも、信頼できる里親さんに巡り会えれば、我が家にまた、緊急を要する猫を保護できるのだから…と自分に言い聞かせてきた。それが、猫を保護する次なるステップであることは間違いない。このステップに踏み出さない限り、一人の限界を超えられないのだから。わかってはいた。でも、今はまだ、できなかった……。私は、どの一匹も手放さないでいい言い訳を必至で探していたのだろう。
S夫妻は、楽しみに待っていてくださるのだろう。何とお詫びすればいいのだろう。正直にお話しするしかない。ああ、それにどれほど多くの方が、今回の里親募集に奔走してくださったことか。快くポスターを貼らせてくださったお風呂屋さんも、なかなか問い合わせがないと聞いて、掲示場所を変えてくださったり……皆さんのご好意を、貴重な時間を、エネルギーを無にしてしまった。自分の中途半端さがみじめなほど恥ずかしかった。でも、やはり手放せない。そう思った途端、あんなに影が薄く見えたレオナの輪郭が濃くなった。
一夜が明けて、約束の木曜日。私は、予定どおりS夫妻のご自宅を訪ねるつもりだった。直接お目にかかって、お詫びしたかった。
事務所に着き、いつものように外の猫たちのご飯の世話と掃除をして戻った途端に、電話が鳴った。S氏からだった。私は、しどろもどろしながら、手放せなくなってしまったことを話した。お叱りを受けることは覚悟の上だった。ところが、電話口から漏れてきたのは、S氏の快活な笑い声だった。S夫妻も、明け方まで、話し合っていたのだそうだ。このホームページで、子猫たちが先住猫に甘えながら暮らしているのを見て、譲り受けるべきなのか、どうなのか迷っておられたという。S夫妻はこれまで2匹の里子を引き受け、里親としての立場で思うこともたくさんおありなのだろう。
レオナのことは、S氏の笑い声でさっぱり解決してしまった。そして、これを御縁に、末永くおつき合いいただけることになった。猫たちの保護者、里親双方の立場から、ホームレスの猫たちの問題を考えていくことができそうだ。今回の里親募集に御協力をくださった多くの方々、また、譲り受けようかどうしようか、と思い悩んでくださった方々へのお詫びのためにも、ホームレスの猫の問題をもっと深く考えていきたいと思っている。S夫妻との面識は、腰砕けになった里親募集の素晴らしいプレゼントとして、大切にしていきたいと思う。
皆様、本当にごめんなさい……
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