偶然?必然? (H16.7.1)
What's New のページの一口日記に記したが、仕事場の外にいた猫が赤ちゃんを生んでしまった。母猫と言っても、昨年10月に生まれたばかりの、ほんの子猫だ。4匹兄妹のその猫たちは、毎日、夕方になると階下のステーキ屋さんに、ご飯をねだりに来ていた。ときどきは、その4匹の母親も並んで座っている。そろそろ、去勢・避妊をしなくては、と思い始めた矢先の赤ちゃん発見だった。遅かった。
5匹の赤ちゃん猫の保護と、母猫兄妹、そのまた母親の去勢・避妊という一連の出来事は記録に残したい。そう思って、6月25日に書き始めた。簡単な記録のつもりが、それまでの経緯を漏らさず書こうとすると、思いのほか長くなり、いまだ途中で止まっている。それが、途中を飛ばしても、書き留めておかなければならない事態になった。
一昨日の火曜日、翌日は会社が定休日なので、翌朝のご飯を入れておこうと、夕方の6時にビルの裏手に回った。最近は、避妊・去勢のために、少しでも懐いてもらおうという下心と、授乳期の母猫への気遣いの両方から、足繁くご飯を運んでいた。だが、その時間帯は、ステーキ屋さんが開店するまでの午前中で、夕方に行くことは一度もなかった。からっぽになったお皿にご飯を山盛り入れて、オフィスに戻り始めた、まさにその時、赤ちゃん猫の必死の叫び声が四方に響き渡った。振り返ると、お好み焼き屋さんの店員さんが、赤ちゃん猫を抱いて隣の駐車場を横切ってこちらにやって来る。思わず駆け寄り、金網越しに事情を聞くと、その赤ちゃん猫は、お好み焼き屋さんの外の溝にはまっていたと言う。母猫が駐車場の方にいるから返してきて、と店主に言われて連れて来たのだそうだ。こんな偶然があってもいいのだろうか。何というタイミングだろう。
「連れて帰りますから、くださいな」
私は、背伸びして金網の上に手を差し出した。その手に、叫び続けながら細い手足をバタつかせるサバトラ白の赤ちゃん猫が収まった。痩せっぽだが、目もしっかり開いて、健康状態はそれほど悪くはなさそうだった。
今まで保護したどの子猫より暴れん坊のこの子は、抱いる手からも飛び出しそうで、オフィスに戻るとすぐに、コピー用紙の空き箱に入れて、紐をかけた。いくつも開けた空気穴から、「出せーーー」という声が聞こえてくる。
思いも掛けない保護に、私は動悸と目眩を感じるほどだったが、子猫入りの箱を大切に抱えて、おとうさんと並んで家の車を入れている駐車場へと向かった。途中、猫達のいる塀の隙間を覗き込んだおとうさんが、何やら私に言っている。
「どうしたの?」
「子猫がそこまで来てるよ」
駆け寄って隙間を覗くと、道路から3メートル位のところに、クリーム色の赤ちゃんが来ている。もちろん、手は届かない。体も入らない。
「おりこうさん、ここまでおいで」
私は、隙間に手を入れ、指を動かした。
赤ちゃんは、怯える様子もなく、ゆっくりゆっくり指に近付いてくる。
「そうそう、その調子。さあ、おいで」
赤ちゃんは、言われるままに歩を進める。
「さあ、もう少しよ」
私は、タイミングを見計らって、さっと手を伸ばし、無事赤ちゃんを捕まえた。
これまで、子猫たちのいる隙間をいつ覗いても、子猫たちは隙間の半分からこちら側、道路と反対側にいたというのに、今まさにこのタイミングで道路側に来るとは、一体どういう巡り合わせなのだろう。しかも、私たちの帰宅の時間は、いつもは夜の9時前後。夕方6時に帰るなど、この数カ月一度もなかったのに。偶然なのか、必然なのか…
鳥肌の立つような思いだった。
クリーム色の体、耳の縁と尻尾が黒っぽいこの子は、箱の中の子とは対照的におとなしい。体も多少ふっくらしている。おっとりしているのか、元気がないのか…。
いずれにしても、思いもかけない二匹を抱えて、考えがまとまらないまま、車に揺られた。今回ばかりは、私も里親を探すつもりなのに、その考えにも自信がなかった。一旦家に迎えたら、やはり手放せなくなるのだろうか…。
家に帰って、箱の蓋を開けた途端、サバトラ白が飛び出した。瞬間ワープする子猫独特の動きで、ところかまわず飛び回る。おっとりクリームは、私の手からおばあちゃんへと手渡され、居間の絨毯の上にそっと置かれた。我が家の内弁慶先住者たちは、一様に凍りついた。逃げるでもなく、近寄るでもなく、半径1メートルの円を描いて、微動だにしない。家の中の唯一の女の子、エリちゃんも、母性本能を発揮するのでは、という期待をよそに、氷の一角となっている。
その静止を破って新入りチビに近寄ったのは宮沢さんと、らーちゃん、そして何とチビタだった。茶色軍団は耳を平らにして、怯えるばかりだ。
そんな光景を眺めている間に、おっとりクリームは先住者のご飯皿に首を突っ込んで、人知れずディナータイムを楽しんでいた。このおっとり娘は結構しっかり者かもしれない。
幸い翌日は、週一の休みだったが、貴重な休日は、瞬間ワープのサバトラ白のお尻を追い掛け回して終わってしまった。どこに入り込むかわからないチビ2匹は二階に隔離したが、お陰で、二階の住人エリちゃんは、険悪な仲のニセドとぴったりくっついて、おばあちゃんのベッドで眠った。
チビ二匹は本当に疲れる。サバトラ白は、ちっともじっとしていないし、おっとりクリームはとんでもない所に入り込んで眠ってしまうから、探すのに手間取る。それでも二匹は、利口者だ。一度も粗そうをすることなく、ちゃんとトイレでおしっこ、ウンチをするし、お腹がすけば、缶詰めだろうとドライフードだろうと、そこにあるものを一人で食べている。先住者たちも、早晩この二匹の存在に慣れてくれるだろう。
総勢11匹の内猫を家に置いて出勤した私を、今日もまた、唖然とするような発見が待っていた。5匹の赤ちゃん猫の内2匹を保護したのだから、残るは3匹、とビルの谷間を覗きこんだところ、何と、赤ちゃん猫が4匹いるのだ。何度数えても4匹いる。一体どういうことだろう。お好み焼き屋さんから手渡してもらった猫は、今まで見ていた猫と違ったのだろうか???
そう言えば、今朝母猫にご飯をあげている時、2匹の赤ちゃんが隙間から出て来て、別のサバトラのおっぱいを飲んでいた。ご飯を食べているのは、間違いなく母猫だ。おっぱいを見ればわかる。だとしたら、その別のサバトラはだれ???母猫の姉か妹?それとも母猫のそのまた母親?え、ほぼ同時期に2匹が出産したの?????えっ、どうしよう………
そうでなくても混乱している私に、ビルの管理人さんの一言が追い討ちを掛けた。
「管理組合の理事長さんから、ここで餌付けされては困るとはっきり言われましたので…」
コンクリートだらけのこのビルで、一体猫たちがどんな悪さをすると言うのだろう。ご飯皿はきちんと片付け、ちっとも汚していないのに…。去勢・避妊をしようと頑張っているのに…。
「どうして分かってくださらないのかしら?この敷地内でなければいいんですよね」
売り言葉に買い言葉、思わず声を荒げた私は、ステーキ屋さんの御主人に叱られた。事情はどうであるにしろ、私たちは相手を怒らせる立場にはないと。
相手の怒りが猫たちの命を縮める結果に繋がるかもしれないことなど考えもせず、悔し涙をこぼしている自分を恥じた。
たった今、成猫の捕獲用に買い込んだ、大型のキャリーがペットショップから届いた。
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