2004年正月猫模様(H16.1.5)

昨年の『正月猫模様』を読み返してみた。今の猫たちの有り様は、1年前にできあがっていたんだなあ…と、意外な気がした。このお正月に猫たちが見せてくれた猫模様は、一年前とさしてかわりがない。

ただ一つ、ファイトがいなくなった。ファイトが家を去ってしばらくは、ファイトが北側の家の庭先の、どこか人目につかないところに居るような気がして、朝出勤するときには、「いってくるね、ファイト」、夜帰宅すると「だたいま、ファイト」と、そちらの方角に向かって声を掛けていた。それが、いつの間にか、「ただいま、ファイト」と言うときの、顔の向きが変わっていた。いつ頃から変わったのか、覚えがない。ある夜、ふと気付くと、家の前で車を降りるなり、夜空でまたたく一番明るい星に向かって「ファイト、マロン、ただいま」と言っていた。それまでは、星は「マロン」だけだったが、本当にいつの間にか、ファイトも星になっていた。

家の中の8匹は、何の制約もなく、家中を使っているが、それでも2階をベースに生活している者と、1階がベースの者とに分かれる。

2階ベースの筆頭はエリちゃんだ。おとうさん子のエリちゃんは、おとうさんが帰宅した気配がすると、2階から飛んで降りてきて玄関で出迎える。おとうさんは帰宅後、遅い夕食となるのだが、エリちゃんはそれが待てない。1階の居間のドアの向こう側に座り続ける。おとうさんがドアを開けてあげても入ろうとはせず、「さあ、寝ましょ」と、誘うように階段を上がっていく。「まだ、ご飯を食べているんだから…」と言ってもエリちゃんは居間に入らず、またも閉まったドアの向こうで座り続ける。お蔭で、おとうさんは夕食もそこそこに、寝室に引き取ることになる。エリちゃんにとって、1階は「むさい男どもの部屋」で、近寄りたくもないらしい。大好きなおとうさんがお正月休みで家に居るのに、それでも1階にはやってこない。仕方なく来るのは、余程寂しくなった時だけ。朝食が終ると必ず2階で眠るチビタが、目を覚まして1階に降りてしまうと、エリちゃんは独りぼっちで取り残される。寂しさがつのると、「むさい男どもの部屋」でも我慢しよう、ということになるらしい。ところが、1階にやってくるなり、喧嘩が始まる。相手は決まってトンちゃんだ。6匹兄妹で一番運動能力が高いのが、この2匹。どっちが高いところに登るかで競争になり、しまいには背中の毛を立て、尻尾を太くしての追っかけっことなる。

エリちゃんは、だっこも嫌い。大好きなおとうさんにも、抱かれるのは嫌。毎晩おとうさんの足の間にすっぽりおさまってテレビを見たり、足にあごを乗せて眠ったりしているのだが、だっこはダメ。抱き上げられた途端に、手足をバタつかせて必死の抵抗をする。ましてや、むさい男兄弟と寄り添って眠るなんてことは、論外の外だ。そんなエリちゃんが、傍で眠ることを唯一許している男猫がいる。チビタだ。相変わらず相手構わずに「ぼく、可愛いよ」の押し売りをしているチビタは、朝食を終えて2階にやってくると、すぐにエリちゃんにすり寄っていく。エリちゃんは、取りあえず1発軽い猫パンチを繰り出して、歓迎してはいない旨の意思表示をするが、そんなことに動じるチビタではない。さらに頭を近付けていく。相手がチビタでなければ、この段階で、「ハーッ」と威嚇しながら飛び退き、次の攻撃に備えているところだが、チビタに対しては少々体の位置をずらして、それでお終い。チビタが体にかかえる弱さを知っているかのように、添い寝している。

2階はエリちゃんの天下であるに違いないが、それでも最近2階で寝るメンバーが増えている。neco子のぬーちゃんだ。昨年ストレス性と思しき胃炎にかかって以来、意識してぬーちゃんと一緒に寝るようにしていたのだが、近頃は、necoがお風呂に入っている間に自分で2階に上がり、necoがやって来るのを待っている。お風呂から上がってからも、2、3回は1階と2階の往復があるものだが、ぬーちゃんは、その都度、一緒に往復する。ようやく床につくと、腕枕で布団を掛けて眠る。壊れた扇風機のような巨大な「ゴロゴロ」が部屋中に響き渡る。睡眠障害なのか、夜中必ず7、8回は起きてしまうnecoは、その度に床を抜け出してお茶を飲んでみたりするのだが、ベッドに戻るとぬーちゃんの巨体がど真ん中にあり、necoの眠るスペースがなくなっている。

そうこうする内に、もう1匹、2階にあがってくる猫がいる。ニセドだ。早いときは丑三つ時、遅くても朝4時頃にはやってきて、迷わずおとうさんのベッドに直行する。薄目を開けて見ていると、これが実に面白い。まず枕元の目覚まし時計を落とす。本が乗っていたら、それも落とす。ウーロン茶のボトルとカップも置いてあるのだが、これには手を触れないから感心だ。何を落としてもおとうさんが起きないと見ると、鼻の頭をなめてみる。おとうさんが夢現つに寝返りを打つと、そちら側に回って、また鼻の頭をなめる。これでもダメだと、今度は顔にそっと手のひらを乗せ、くっと手を握り込む。その瞬間にちょいと爪を出す。これをやられると、さすがのおとうさんも起きるしかない。寝ぼけ眼で、エリちゃんのご飯皿にドライフードを入れに行くが、何とお皿にはご飯がちゃんと入っている。ニセドはご飯をねだっているわけではない。ただ、ただ起こしたいのだ。一回おとうさんが起きれば気が済むのか、ニセドはおもむろにおとうさんの布団に入り込み、眠る。

ニセドがやって来ると、ぬーちゃんは、さっさと起き出して、1階へ行ってしまう。necoの腕枕で、ごろごろ言いながら寝ている姿など、男兄弟には絶対に見られたくないらしい。男の沽券にかかわる、とでも思っているのだろうか。ぬくぬくと暖かい布団に未練を残すことなく、威風堂々とした態度で、明け方の寒い居間に戻っていく。

日当たりの悪い1階とは違い、2階にはさんさんと陽が降り注ぐ。雨戸を開けさえすれば、2階は温室のようになる。おとうさんとnecoが朝食に1階へ降りるのと入れ代わるように、一旦は1階へ降りたニセド、ぬーちゃん、チビタが2階に上がってくる。朝寝坊のエリちゃんは、一回起きたのかどうかも怪しいものだが、そのまま2階の温室で昼寝となる。この4匹に宮沢さん、ゴンちゃんが加わることもある。この2匹は、ベッドではなく、隣の部屋の椅子の上や、積み上げた布団の上で眠る。



心地よい2階の温室にも目もくれず、日がな1階に陣取っているのが、トンちゃんとらーちゃんだ。この2匹は、完全に1階をベースとした生活をしている。トンちゃんは、鍵を掛け忘れた窓はないかと、一日中、窓という窓、お風呂の窓にいたるまでチェックしてまわっているから、2階にも偵察にやってくるが、鍵の掛け忘れなしと知るや、さっさと1階へ戻っていく。

窓のロックはneco家の厳守事項だが、それでも「うっかり」とか「つい」とかはあるものだ。トンちゃんのこまめな窓チェックは、月に一回あるかなしかの、その「うっかり」、「つい」を決して見逃さない。トンちゃんは、外に出たいというより、ロックし忘れた窓を開ける快感に、命をかけている。兎に角、ドアや窓を開けるのが大好きなのだ。冬になって居間のドアを閉めるようになって、トンちゃんはさぞ嬉しいことだろう。嬉々として、一時間に10回以上開けている。迷惑なことに、閉めてはくれない。寒くてしようがない。トンちゃんがドアを開けるたびに席を立って閉めにいくのも億劫だ。今、テーブル脇には窓ふき道具の柄が置いてある。釣り竿のように伸び縮みする棒で、これさえあれば座ったままでドアを閉めることができる。開けっ放しで困るのは、人間ばかりではない。開いたままのドアは、開ける楽しみがないのだから、トンちゃんも困るのだ。自分が開けるたびにドアが閉まるようになって、トンちゃんのドア開けはますますエスカレートしている。

ついうっかりロックを忘れた窓を必ず開けてくれるトンちゃんに、一番感謝しているのは、ニセドだろう。年末の大掃除の時は、立続けに二度も脱走することができた。ニセド、トンちゃん、宮沢さん、らーちゃんが外の風を楽しんできた。ゴンちゃん、ぬーちゃんも皆につられて一旦は外に出るのだが、この2匹はすぐに家に戻ってくる。トンちゃんもそこそこで帰ってくる。一番始末の悪いのが、宮沢さんとらーちゃんで、決まって喧嘩を始める。外にいる緊張感で前後不覚になっているのか、日頃仲は悪くないのに、大変な騒動となる。ニセドは、一人悠然とめったにないチャンスを満喫してくるらしい。鍵の掛け忘れが一番多いのが、キャラリンの窓で、ここから脱走し、帰ってくるのもここからになる。キャラリンは怖がるどころか、自分がいては家に入りにくかろうとでも思っているように、自分の小屋に入って静かに成りゆきを見守っている。ただ一回、宮沢さんとらーちゃんが、目の前で取っ組み合いの喧嘩を始めた時だけは、キャラリンが「ハーッ」と一喝。これで我に返った2匹は、そそくさと家に戻った。

らーちゃんは、neco家に来て2年半が経ち、ようやく6匹兄弟との壁が低くなったが、それでもらーちゃんと積極的に遊んでくれるのは、ゴンちゃんだけ。その大切なゴンちゃんが、一番のライバルでもある。ゴンちゃんは、異常なまでのおばあちゃん子。らーちゃんはもともと2階の住人で、necoを頼りにしてきたのだが、1階で暮らすようになってからは、ゴンちゃんとおばあちゃんの奪い合いをするようになった。本当におばあちゃん子なのかは疑わしい。何しろおばあちゃんを奪い合う相手がいなければ、特段おばあちゃんにくっついているわけではないからだ。だが、ひとたび、誰かがおばあちゃんの膝に乗ろうものなら、にわかに「おばあちゃん子」に変身する。膝にのっているのが誰であれ、その体を乗り越えて、人一倍狭いおばあちゃんの膝の奪還にかかる。競争相手の筆頭が、当然ながら元祖おばあちゃん子のゴンちゃんだ。らーちゃんは、どんな体勢だろうと、決して諦めることがないから、ゴンちゃんは、じりじりと追い詰められていく。そんなゴンちゃんをおばあちゃんは左肩に抱き、何とも不自由な格好で食事を続けることになるから、一番の被害者はおばあちゃんかもしれない。こんなおばあちゃん争奪戦を日々繰り返しながら、ゴンちゃんは今日も「らーちゃん、あっそぼ」と誘っている。何ともゴンちゃんらしい。

猫は元来静かなものだと思っていたが、neco家の猫たちは実に賑やかだ。中でも宮沢さんのおしゃべりは大変なもので、ミャウリンガルでも翻訳不可能だろう。何しろ語彙の数が違う。昨年末、原因不明の嘔吐が続き、入院となった宮沢さんは、退院後もしばらく調子がでなかった。目は普段の半分くらいしか開かず、ひとことも発しなかった。お正月になって、ようやくあの独特のおしゃべりを聞いた時、それまでがいかに静かだったかを思い知ることになった。ニセドは用もないのに大声で鳴くし、ゴンちゃんのボーイソプラノは健在だし、と宮沢さん不調の間もneco家がしんとしていたわけではない。でも、オーケストラのバイオリンが抜けたような、未完成の騒音は寂しかった。年が明けて、いよいよ本調子となった宮沢さんは、necoの朝風呂の間もおしゃべりを止めない。
それにしても宮沢さんの体調不良の原因は何だったのだろう。ぬーちゃん同様、ストレスだと思うのだが、その素は一体何か。もしかしたら、トンちゃんかもしれない。寝付きの悪いトンちゃんは、寝入るまでがそれはそれは大変だ。眠いのに、眠れない。一人じゃ絶対眠れない。誰かにくっついていたい。おとうさんにくっついてみる。ダメ、ダメ、眠れない。necoにくっついてみる。それでもダメ。全然眠れない。自分でどうしていいかわからない。という経過を辿って、トンちゃんは宮沢さんに白羽の矢を立てる。キャット・ベッドでぐっすり眠っている宮沢さんの上に馬乗りになる。「ね、ね、一緒に寝かせて」と頼む側のトンちゃんは、宮沢さんの顔をなめまくる。宿賃を先払いしようという寸法だ。トンちゃんはなめながら、次第に自分のスペースを確保していく。執拗ななめなめに、安眠を中断された宮沢さんが、寝ぼけ眼で辺りを見回すと、何と自分の体が半分ベッドから飛び出している。結局宮沢さんは、招かれざる客のせいで窮屈になったベッドを明け渡すことになる。なめ疲れてようやく眠りについたトンちゃんが、気持ちよさそうに寝息を立てる一方で、宮沢さんは、しぶしぶ次のねぐら探しに出る。宮沢さんには何とも気の毒なことだ。こんなことが繰り返されたら、胃炎になってもおかしくない。

neco家の居間では、こんな面白い寸劇が、まじめに毎日繰り広げられている。それを毎日ガラス戸越しに見ているキャラリンも、飽きることはないだろう。キャラリンは、年末断食モードに入り家を空けたが、2日ほどで戻り、再び食べ始めた。お正月になって、その量も増え、ひっきりなしに何かをねだっている。大掃除できれいに磨いたガラス戸も、またキャラリンの手あかだらけになった。neco家で一番の大食漢だが、ちっとも太らない。太れない。身繕いすればするほど束になる毛は、相変わらずネズミ色だ。ご飯をあげるときに、頭を撫でさせてくれ、機嫌さえよければお腹も触らせてくれるようになったが、見慣れぬ動きには過敏に反応する。そんなやり取りの中からnecoの真意を読み取ったおとうさんが「お医者さんに連れていくなら、体じゃなく、心を捕まえなくちゃね」とつぶやいた。

このお正月は、陽の降り注ぐ、うららかな日が続いた。こんな陽気じゃ、ロッキーママも散歩に出たかな、と玄関脇の小屋を覗くたびに、「何か用?せっかく寝てたのに」と言わんばかりに大欠伸するロッキーママがそこにいた。昨年歯槽膿漏ですっかり歯を抜いてしまった殺風景な口に、思わず吹き出しながら、「こんなにいいお天気なのに、遊びにいかないの?」と尋ねた。「こんなにいいお天気の日は、家の中で、のんびり昼寝するのが一番」、これが答えらしい。夜更かししてベッドに潜り込むころになると、窓の向こうでロッキーママの鈴の音が軽快に響いている。寒いだろうに、どうして夜遊ぶのだろう。翌朝、おばあちゃんが庭木の下を掃除していたら、ちいちゃなネズミが転がっていた。夕べの獲物らしい。猫が夜行性の野性動物だということを、ふくら雀のようにほくほくしたロッキーママが思い出させてくれた。暖かい日中、昼寝を続けるロッキーママを守るように、屋根の上で、『お友だち』が香箱を作っている。

おだやかなお正月に始まったこの一年、ゆったりとのびやかに時を呼吸して暮らしていきたい。
猫たちとを眺めながら…