チビタも住民票移転? (H15.6.29)

 チビタがneco家にやって来て1年と3ヶ月が経った。一年前の今ごろは、一晩中続く八の字歩行と夜の闇をつんざくような咆哮に悩まされた一ヶ月からようやく開放され、安堵のため息をついていた。今では、夜中に一人目覚めた時に時折見せる八の字歩行が、かろうじて当時の悪夢を思い出させるばかりだ。かたくなに他所者を受け入れようとしない1階軍団の、ちょっとした攻撃やあからさまな無視も、持ち前の臆することのない性格と、得意の「す〜りすり」で何とかやり過ごしてきた。そんなチビタの支えになってきたのは、やはり『らーちゃん』。チビタがやって来た当初から、抱きかかえて一緒に眠り、体を舐めてやり、チビタの一日のほぼ全ての時間を共に過ごして来た。最近でこそ、『らーちゃん』が1階に住民票を移したとみえ、夜2階で眠るのは『エリちゃん』と二人だけになったが、それでも日中は、『らーちゃん』と鬼ごっこやら、かくれんぼをして遊んでいる。

 チビタには自分で作った時間割りがある。それをずっと守って生活してきた。朝早く目覚めても、2階のドアが開くまでは、空きっ腹を抱えながらも根気よく静かに待つ。『ぱぱちゃん』かnecoがトイレに起きるときが、ドアをすり抜ける絶好のチャンス。時には『ドア開けトンちゃん』がやって来て、開けてくれることもある。「待ってました、さあ、ご飯、ご飯」と1階に降りても、チビタのご飯は一番最後になる。だって、おばあちゃんにスプーンで食べさせてもらわなければならないんだもの。
 キッチンの辺りをウロウロしながら待つこと3時間。ようやく待望の朝ご飯をお腹に詰め込むと、人知れず一人2階に戻り、ベッドでぐっすりと朝の昼寝。眠りの浅い夜と違って、この昼寝は深い深い眠りとなる。
昼過ぎにゆっくりと起き出し、再び1階へ。『らーちゃん』の後を追ったり、『らーちゃん』の傍にぴったりくっついて丸くなったり。
 『らーちゃん』が1階軍団との距離を縮めるに連れて、チビタも1階軍団に溶け込んで来た。皆と同じように、カーペットを巻いた柱に駈け登ったり、ウッドデッキで日光浴をしたり。1階軍団同士が小競り合いを起こそうものなら、決まって仲裁に入る。例の「す〜りすり」の要領で、いがみ合う2匹の間に割って入るのだ。「だ〜め、だめ。や〜めなさ〜い」と言うように、1オクターブ跳ね上がる独特の節回しで喉を鳴らしながら。
 すれ違い様に意味もなく猫パンチを繰り出すのも、『ニセド』と『トンちゃん』くらいになった。コツンとやられても怯むことのないチビタだが、そんな様子を目撃した『宮沢さん』など、大丈夫か、と顔を覗きに行くようになった。
 カニカマのおやつの時間は、おばあちゃんの周りで順番を待つ列に加わる。おばあちゃんの手からカニカマをもらい、あっと言う間に平らげる皆と違い、右側からよほど上手に口の中に入れてもらわない限り食べることができない。うまく胃袋に到着するカニカマはほんの少し。チビタの足元には、無情にも口から落ちたカニカマが小山を作る。だが、そのカニカマの山を失敬するのは、『らーちゃん』だけ。他の1階軍団は、カニカマ山に鼻を近付けても、チビタの臭いに顔を逸らす。チビタの臭いと言えば、2階で夜を過ごす『エリちゃん』も、チビタが顔を近付けると、ぷいと向きを変えてしまう。『ニセド』や『トンちゃん』の嫌がらせを目にすると、チビタの加勢をするまでになった『エリちゃん』だが、チビタの臭いだけは、苦手らしい。
 夕食もチビタが一番最後になる。その他大勢の食事が一段落してから、おばあちゃんに食べさせてもらう。スプーンでペースト状のご飯を口に入れてもらうのだが、口の周りはベタベタのビトビトとなる。濡れタオルできれいに拭かないと、ベッドの上も、クッションの上も大変なことに。ところが、チビタはこの顔拭きが大嫌い。そろそろ、ご馳走様かな、と思っている矢先に、さっと逃げ出す。おばあちゃんは、タオルを手に、痛む足で、この時ばかりは妙に素早いチビタの後を追い掛ける。毎度毎度、この笑っちゃいけないけど、笑える光景が繰り返される。チビタは、2階に逃げ、そこでnecoたちが帰るまで一休み。
 夜9時近く、車庫入れの車の音を聞き付けると、玄関までnecoたちを出迎えてくれる。Necoたちと一緒に居間に入ると、一日の締めくくりのミルクをせがむ。一人で最後の一滴まで飲み干せるミルクが大好きだ。棚からキャット・ミルクの缶を取り出すと、もう我慢できずに、例のオクターブ跳ね上がるオペラで矢の催促。器を持った腕に飛びつき、ミルクの小雨が降る始末。一人で飲めるミルクだが、やはり時間はかかる。ミルクを飲み終った後のチビタの口は、大変なもので、こちらはタオルを用意して待っているのだが、いつもちょっと目を離した隙に、これまた逃げられる。追い掛けて捕まえてみると、案の定、口からはミルクの帯が8センチほど伸びている。やれやれ、間に合った、とこれをきれいに拭き取る。ミルクの帯がない時は、最悪。もうどこかに擦り付けた後だもの。この顔拭きが終ると、いつの間にかチビタは一人2階に上がって浅い眠りにつく。これがチビタの時間割りだ。

 ところが、最近、この時間割りに異変が起きて来た。まず初めに、ご飯を食べさせてもらうことを拒絶するようになった。いつもの通り、スプーンでご飯を口に運ぶと、顔を背けるのだ。一口たりとも食べようとしない。しかたなく、ご飯をそのまま置いておくと、一人で顔を器に突っ込み、せっせと舌を繰り出している。ペースト状のご飯は、お皿の周りに擂り鉢状の土手を作るばかり。見兼ねて手伝おうとしても、またまた顔を背ける。こんなことが始まって、もう一月になるだろうか。10日に一度くらいは、空腹に耐えかねるのか、スプーンに乗ったご飯に口を開くこともあるが、今でも土手作りに励んでいる。やはり、自分だけ食べさせてもらうことが半人前に思えて、肩身が狭いのだろう。見ているのも辛いような光景だが、繰り返すうちに、土手に回されるご飯より、胃袋に収まる量の方が徐々に増えてきた。
 ご飯が一人で食べられれば一人前。そう思ったのか、日中のチビタの居場所にも変化が出て来た。今までは、1階にいる時も絨毯の上で寝ていたのに、この頃は、椅子の上になった。しかも、1階の甘えん坊軍団が好んで座るおばあちゃんの隣の椅子だ。時には、おばあちゃんの椅子を占領する。ウッドデッキに出れば、頭数には足りないベッドの一つを占拠する。
 こんなチビタの積極的な行動に、1階軍団はどう思っていたのだろう。脅しの効かないチビタだけに諦めたのか、それともぼちぼち他所者の札を外してやろうと思ったのか、いつもの「思い付き猫パンチ」の他、これと云った嫌がらせもなく、平穏な日々が続いた。

そして、一昨日、ついにチビタは1階で寝ることを決意した。いつものように2階に行っているものと思って、necoたちが2階に引き取ると、そこにチビタの姿はない。迎えに階下に降りたnecoは、チビタがおばあちゃんの部屋に置かれたバスケットの中で眠っているのを発見。未だかつて、一度も見た事のない光景に、necoは急いでおばあちゃんを呼び、「まあ〜」と二人しばし立ち尽くした。このバスケットは1階軍団の占有物で、最近ようやく『らーちゃん』も使えるようになった物だ。そこに、ちゃっかり収まって眠っている。チビタの決意を読み取ったnecoは、チビタをそのまま残して、2階に戻ることにした。それにしても、おばあちゃんの部屋の猫密度は大変なものだ。毎晩おばあちゃんは、巨体4匹とベッドを分け合っている。『ゴンちゃん』がベッド脇の椅子、『らーちゃん』がバスケット、というのが定位置なのだが、バスケットを取られた『らーちゃん』までがベッドで寝ることになるのだろうか。

 翌朝、階下に降りたnecoを待っていたのは、おばあちゃんの思いも掛けない報告だった。
「夕べは、バスケットで寝てるチビタ以外、だれもこの部屋で寝なかったの」

 チビタが1階に住民票を移すには、まだまだ時間がかかりそうだ。