バスタイムのお邪魔虫 (H14.12.2)
『猫舌の長風呂』とは良く言ったもので、私はまさにこの典型。割り勘の食事では鍋物は禁物だと、家族でキムチ鍋や蛎鍋を囲むたびに釘をさされる。ちなみに家族の中で猫舌なのは私だけ。そんなに冷めてちゃ美味しくないだろうと気の毒に思われるが、その冷めた物が私には十分熱いのだ。それをいくら説明しても、ピンとこないらしい。
長風呂の方だが、こちらもお湯が熱くては長くは入れない。我が家の24時間風呂は常時38〜39℃に設定されている。きっと皆は湯舟につかりながら41℃位まで沸かしていることだろう。私はと云えば、そのぬるいお湯に胸のあたりまで浸かり、窓は全開にする。まさに露天風呂の気分。顔に外の風を受けているから、のぼせることもない。通常でも1時間はお湯に浸かっているし、休日ともなれば2時間半ほどの風呂ごもりとなる。もちろん、この長風呂のためには、いろいろと準備するものがある。大好きなもの3点セットがそれだ。本、コーヒー、タバコ、この3種の神器を携えてお風呂に向かう。お風呂の蓋はテーブル代わり。3点セットをここに乗せて、ご機嫌なバスタイムとなる。もっとも近頃では、メガネを持込むことも多い。さらに欲を云えば、CDプレーヤーが欲しいのだが、生憎防水・耐水のCDプレーヤーを持っていない。
大学時代に友人が面白いことを言っていた。自分の部屋がトイレだったらいいのに…と。確かにトイレに入っている者を邪魔だてする人はいない。正々堂々と何の気兼ねもなく、好きなだけ一人でトイレに入っていられる。その友人も私同様一人っ子だったので、その気持ちは良くわかる。一人っ子は、家族への遠慮で、自室に引き蘢るのにも気を遣ってしまうのだ。母親一人を居間に残しては悪いのでは、etc.etc…
私のお風呂は友人のトイレに当たるのだろう。邪魔されない一人の空間と時間。会社勤めをしていた20年ほどは、往復の通勤電車がその貴重な時空だった。満員電車の中では、ぼーっと何かを考えたり考えなかったり、多少空いていれば本を読んだ。会社勤めを辞め、オフィスに車で通う今は、それも許されず、それが長風呂に拍車をかけたことになる。
その大切なバスタイムに、最近ありがたくない訪問者がある。『トンちゃん』と『ニセド』のお神酒どっくりに、『ぬーちゃん』、『宮沢さん』が日替わりでやって来る。時には、順番待ちで4匹全員が来ることもある。だが、訪問の目的はそれぞれに異なる。
『トンちゃん』と『ニセド』は、脱走の機会を求めてやって来る。脱衣所とお風呂、両方のドアを『トンちゃん』が開け、『ニセド』がそれに続いて入ってくる。2匹は開け放された窓に真直ぐ向かい、すぐに網戸を開けようとやっきになる。湯舟の蓋が開いていては、助走をつけて体当たりすることもできず、観念すると『トンちゃん』は、さっさと帰っていく。『ニセド』はそのまま残り、窓辺でしばし外の風に吹かれる。
『ぬーちゃん』は私と二人きりの時間を求めてやって来る。お風呂タイムが近づくと、『ぬーちゃん』は私の様子を窺い始め、私が脱衣所の扉を閉める前にすべり込む。お風呂では大切な風呂蓋テーブルの上に座り込み、私は慌ててコーヒーやタバコや本を避難させることになる。すっかり落ち着いてしまい、なかなか退散する様子のない『ぬーちゃん』に、私は横を向いて本を読み始める。すると今度は『ぬーちゃん』が、最初から鳴らしていたゴロゴロのボリュームをMAXにしてくる。まさに太陽作戦で、こちらはため息をつきながら本を置き、『ぬーちゃん』と向かい合ってしばし話をすることになる。
『宮沢さん』の訪問の目的は定かではない。なにしろ落ち着かない。窓辺に行って外を眺めたかと思うと、湯舟の回りを一周してみたり、ジェットバスの泡で遊んでみたり、お湯を飲んでみたり、とにかくちっともじっとしていない。ベランダの手摺も難無く平気で歩くのに、湯舟の縁を歩く時だけは、おっかなびっくり、妙にぎこちないのが面白い。3回に1回は足を滑らせて片足がお湯に浸かり、大騒ぎして逃げて行く。
夕べは珍しい訪問者があった。いつも通り3種の神器を携えてお風呂に入り、窓を開けた。すると窓の向こうに白い物が動くのが見える。外を覗いてみると、お風呂の窓の下に置かれた「お外の第3特別室」の屋根の上に『ファイト』がいた。網戸も開け、窓格子の間から手を出して『ファイト』の骨だらけの頭を撫でた。『ファイト』も立上がり、格子に手を掛けてこちらを覗き込む。小さくなった顔の中で唯一力のある目を見つめながら、縁にこびり付いた汚れを取ってやる。鼻を触ると冷たく濡れている。よしよし。
今晩はさして寒くない。最近ではたまに家に上がっても、暖房でむっとした空気が嫌なのか、他の猫たちに出会う前に、すぐ外に出たがる始末。湯たんぽやホッカロンで温められた「お外の特別室」の方が心地よいのだろうか。そんなことを考えながらお湯に浸かっていると、目の前のテーブルに『ファイト』が降り立った。格子の間を抜けての訪問だ。すぐさま桶にお水を汲んであげると、桶一杯飲み干すのかと思うほど、勢い良く、長々と飲み続ける。『ファイト』の腎臓が長持ちしてくれるように、祈るような思いでその痩せこけた姿を見守る。
おもむろに顔を上げた『ファイト』は、私の顔を見つめる。脱衣所を抜けて部屋に入りたいのだろうか。と、次ぎの瞬間、いとも軽々と湯舟の縁から窓へと飛び移り、格子を抜けて帰っていった。お風呂には、『ファイト』の土色の足跡が残った。その肉球はだれのものより大きく、往年の大きく逞しい体が偲ばれた。『ファイト』はそのまま散歩にでも行ったのか、玄関灯に照らされた玄関先にもう姿はなかった。
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