平成20年正月猫模様(H20.1.13)

この年末年始休暇は10日間。年末は大掃除に明け暮れるとして、息子の居ない3人のお正月をどう過ごしたものか、少々案じてもいた。息子は昨年、家を出て以来、ソリの合わない父親を敬遠して、家にやって来るのはもっぱら私たち夫婦の不在時だけだ。いずれ自分の生き方に手応えを感じるようになったら、家の敷居はもっと低くなることだろう。それにしても、3人では麻雀にもならない。ボードゲームも飽きるだろうし……。

そんな心配を知ってか知らずか、クリスマスのころから、らーちゃんが風邪気味になった。熱があるわけでもなく、クシャミを連発するだけだったのだが、仕事納めの日には鼻が詰ったらしく、ご飯をほとんど食べなくなった。年末は動物病院もお休みになるから、それまでに治しておかなくては、と病院に連れていった。食べられなくなってわずかしか経っていないのに、かなり脱水しているという。加齢により腎機能が低下していると、脱水の進行も早いし、脱水症状が腎臓を一段と悪化させるという。さっそく輸液と注射。食事は、病院食をお湯で溶いて注射器で強制給餌することになった。

一夜明けて、皮毛が見違えるほど瑞々しくなったのに驚く。昨日まで、毛がパサパサしていたことに改めて気付かされ、なぜもっと早く病院へ連れて行かなかったのか、悔やまれる。毎日見ているとわずかずつの変化を見落としがちだから、もっと観察眼を磨かなければ、と反省しきり。年内は30日で診療はおしまいになる。それまで、4日間、せっせと病院通いをした。

それにしても、猫にとって鼻が利かなくなることは、これほどまでに大きなダメージになるとは思わなかった。嗅覚は犬に劣るとは云え、猫はかなりの情報を鼻から得ている。目の前の食べ物の温度に始まり、腐敗していないかどうか、毒物ではないか、等々口に入れる前に鼻で判断する。人間のように鼻が利かなくても、視覚と記憶と信頼で食べるようなマネはしない。もっとも、その信頼だけは昨年一年で大幅に揺らぎ、自分の五感を研ぎすませるように教えられたのだが。

らーちゃんは、連日の輸液で全身状態は改善したが、クシャミと鼻づまりはしつこく残り、自分から口にするのは、臭いの強い鰹節だけ。嫌がる強制給餌を続けるしかなかった。12匹の大所帯のこと、こんなにクシャミをしては、風邪が蔓延するのでは、と心配していたが、そんな気配もなく、元旦を迎えた。

お屠蘇をいただき、おせちとお雑煮を美味しい美味しいと頬張り、近くの神社にのんびり初詣に出掛けて戻ってみると、耳慣れないクシャミが聞こえてくる。その主は、なんとクーちゃんだった。11月と12月にワクチン接種を済ませたばかりで、しかもらーちゃんとの接触がほとんどないクーちゃんが、2番手で感染?にわかに信じられなかったが、症状はらーちゃんと全く同じだった。すぐにらーちゃん用にいただいている薬を飲ませる。目が覚めていれば、空を舞うように駆け回る幼子が、ホットカーペットの片隅でじっとうずくまっている姿は痛々しい。元気な時は、遊ぶ時も眠る時も常に一緒のトンちゃんは、なぜかクーちゃんの傍に寄ろうともしない。一人大きな椅子で眠るトンちゃんを見つけて、クーちゃんが懐に潜り込もうとしても、すっと立ち上がって部屋から出て行ってしまう。クーちゃんは、またホットカーペットの隅っこに戻る。クーちゃんを避けるトンちゃんには、どんな心理が働いているのだろう。感染という身の危険を感じての自衛本能か、クーちゃんをそっとしておこうという親心か。おそらく前者なのだろうが、だとするとクシャミを連発するらーちゃんの傍を離れなかったモナ、シマ、コエリ、レオナの4匹は鈍感ということ???

どんどんと成長し、エネルギッシュに駆け回る仔猫を見ていると、成猫以上の体力を感じてしまうのだが、それは誤りなのだろう。生後6,7ヶ月の体はまだまだ弱く、翌2日には口でハアハアと呼吸するようになってしまった。病院は4日までお休みだ。らーちゃんの薬を混ぜた病院食を強制給餌するしかない、と腹を決めても、半開きの小さな口と荒い呼吸に上下する細い体を見ていると堪らなくなる。クーちゃんは、仔猫特有のふわふわで丸っこい体つきではない。もっと小さい時から細身で筋肉質、成長するにつれて胴体が長くなり、猫というよりフェレットのような体型だ。元気な時は痩せ頑丈に見えた体も、こうして病気になってしまうと、突然頼りな気に見えてくる。止むに止まれず、病院に電話を入れ、その夜特別に診ていただくことにした。一安心したのも束の間、クーちゃんの様子が一段と悪化しているように思われる。いや、一段と悪化したのは、クーちゃんを眺め続ける私の胸の動悸だったのかもしれない。来客中と言っておられた先生のご迷惑も顧みず、もう一度電話をして、すぐに診ていただくようお願いした。

ワクチンを接種していても、ウィルスの株が違えば有効ではないのは、人間も猫も同じこと。らーちゃんの風邪が一番体力のない仔猫のクーちゃんに感染してしまったのは明らかだった。

このままでは、どこまで感染が広がることか。隔離をすればいいのだろうが、こればかりは人間のように簡単にはいかない。少なくとも我が家の猫さんたちには無理な話だ。となると、感染を最小限に食い止める別の方法を考えなければならない。まずは部屋の湿度を上げること。連日の異常乾燥に加えて、エアコンがフル回転する我が家では、湿度はますます奪われていく。輸液と注射を済ませた帰り道、さっそく加湿器を2台買い込んだ。1階と2階に1台ずつのつもりだったが、部屋を開け放していることの多い我が家では、1台ではとても足りないとわかり、居間に2台置くことにした。以来、24時間、加湿器は休みなく働いているが、未だにセンサーは『低湿』を示している。

翌3日も来院するようにとのことで、らーちゃんとクーちゃんの2匹を連れて行った。らーちゃんはクシャミと鼻づまりは抜けないが、輸液の必要はもうないとのこと。クーちゃんは、輸液と注射に明日も来るように言われた。らーちゃんは、少しずつドライフードを食べ始めた。クーちゃんは、相変わらず口で息をしているが、注射器で与える病院食が気に入ったと見え、良く食べてくれるのが救いだった。良く食べる、とは云っても、眠い時以外は決して人間に触らせないクーちゃんが大人しく抱かれるわけもなく、洗濯ネットに入れて顔だけ出して食べさせるのだが。

病院通いを続けて、気付けば仕事初めの6日になっていた。クーちゃんは、前日からカニカマに反応するようになり、自発的に一本食べてくれた。らーちゃんが自分で食べるきっかけとなった鰹節には一向に関心を示さないから不思議なものだ。何でもいい、自分で食べるきっかけを掴んでくれさえすれば。お陰で、さほど後ろ髪を引かれることもなく、初出勤できた。心配していた風邪の蔓延も、加湿器の効能か、何とか免れている。

1月も10日を過ぎ、らーちゃんもクーちゃんも、元の元気を取り戻したが、困ったことが一つ。クーちゃんが、注射器で食べる病院食を楽しみに待っていることだ。クシャミが残っている間、食欲が戻っても、薬を混ぜた病院食を注射器であげていた。注射器を近づけるとちゃんと口を開いてくれるので、大いに助かったものだが、もう病院食も強制給餌も必要ない。ところが、私が注射器を持ち出すと、じーっと見ていて傍に寄ってくる。私が夜な夜な取り出す注射器は、毎晩緩下剤と油を服用するぬーちゃんと、低下した腎機能を補うための活性炭のような薬を飲むらーちゃんのためで、クーちゃんのご飯ではないのだが。

猫風邪に振り回され、息子のいない初めてのお正月の寂しさも感じないまま、10日の休暇が終わった。最初の定休日の日、昨年一年の仕事と年末の大掃除、そして猫風邪騒動疲労のためか、一日中、昏々と眠り続けた。