ファイト、聞こえる?(H15.4.20)

「ファイちゃん、こんなにたくさん食べられるようになったんだもん。金曜日にラブリー先生で体重を計っていただいたら、きっと増えてるわよ。先生もびっくりしちゃうんじゃない」
 ゴツゴツの体をなでながら、そんな話をしていたのは、6日前の朝。その日、家に帰ってみると、ファイトの家は空っぽだった。一日、ほとんど家にはいなかったという。おあばあちゃんは、ファイトの名前を呼びながら近所を一巡りした。どこにいるのか、姿は見えなかったが、しばらくして家を覗くと、ファイトが横になっていた。昨日までの食欲は嘘のように消え、往年の輝きを取り戻した澄んだ目も、再び半眼となってしまった。そして、いつの間にか、また姿を消した。

 翌朝もファイトの家は空のままだった。その時がもうそこまで来ていることを感じずにはいられなかった。それでも、ファイトの最期は看取れるものと、どこかで信じていた。
 ファイトの名を呼ぶおばあちゃんの声が聞こえたのか、ファイトは音もなく北側の隙間から戻ってきた。その様子はまるで幽霊のようだったという。水を一口、二口、おばあちゃんの手からわずかばかりご飯を食べ、また、いつの間にか、いなくなった。
 何度となく覗く家は、いつも空だった。いつもはパランパランと駆け回って、家にいることの方が少ないロッキーママが、なぜかいつも自分の家で丸くなっている。

 木曜日の朝、本当に久しぶりに、お風呂の蓋の上にファイトはいた。もう水もいらない様子だった。目を細く開けて、ごつごつの香箱をつくっていた。
「あしたはラブリー先生に行く日よ。おりこうさんに点滴できる?」
 骨張った顔を覗き込みながら話しかける。ファイトを最後にお風呂に入れたのはいつだったろうか。雨に濡れるのも、汚れるのも平気なファイトは、お風呂上がりの真っ白が二日と続いたことがない。お風呂に入れてあげたいと次ぎに思った時には、ファイトはあまりに痩せていて、シャンプーで洗うのも恐いほどだった。あたたかくなったら絶対にお風呂に入れようと心に決めていたが、それはもう果たせそうもないと、いやでも認めなければならないほど、ファイトは弱っていた。
 ファイトは、続いてお風呂に入ったぱぱちゃんのシャワーの飛沫をかぶり、いつものように外へ出ていった。そして、そのまま戻っていない。

 ファイトの体重が増えたと、喜ぶはずだった金曜日。連れて行くファイトはいない。初夏の陽気だというのに、ロッキーママが自分の家で丸くなっている。
 おばあちゃんはファイトの名を呼び続け、一日に何十回となくファイトの家を覗く。その声は、きっとファイトの耳に届いているだろう。
 そこが居心地がいいのなら、そこを最期に眠る場所と決めたのなら、それでいい。ただ、すぐそばに17年半一緒に暮らした家族がいて、今、この瞬間、ファイトを想っていることを伝えたい。決して独りではないと。
「ファイト、ファイト、ただいま」
「ファイト、ファイト、いってきます」