雪解け (H15.3.8)

このところ、『らーちゃん』の目が真ん丸く、きらきらと明るく輝いている。遊ぶことを覚えたのだ。正確には、共に遊ぶ仲間ができたのだ。

一昨年の6月にneco家にやって来て21ヶ月。『らーちゃん』は、弟たち5匹の集団的自衛権の発動に、さんざん苦しめられてきた。先住者が新入りを無視することはあっても、積極的に虐めるなどという経験をしたことのないneco家の人間たちは、『らーちゃん』の顔や頭に日に日に増えていく爪痕を見て呆然とした。面と向かってやり合う勇気など持ち合わせない5匹の弟たちは、椅子の上から下を通る『らーちゃん』にパンチを繰り出すか、すれ違いざまに一発お見舞いするのが関の山。その度に『らーちゃん』は頭を縮め、決してやり返すことはなかった。

見るに見兼ねて、neco家は1階と2階の2世帯住宅とすることにし、『らーちゃん』はぱぱちゃん子の『エリちゃん』と共に2階の住人になった。『エリちゃん』と折り合いが良かったわけではない。ただ、『エリちゃん』は決してそばに寄ろうとしなかったから、『らーちゃん』の傷は増えずに済んだ。2階2室だけが住まいとなった『らーちゃん』は、ベランダに出て奇声を発することでストレスを発散させた。

やがて、neco家は『チビタ』を迎える。満身創痍の『チビタ』は心にも傷を負っていたのか、毎晩眠らず8の字歩行と咆哮を続けた。そんな『チビタ』から片時も離れず、腕に抱き、身繕いをしてやり、心を和ませていったのが『らーちゃん』だった。『チビタ』にとって『らーちゃん』は唯一の拠り所であり、弱者『チビタ』を抱えた『らーちゃん』は、自信を回復していった。

昨年の9月、1階にウッドデッキができた。2世帯住宅になってからというもの、暴れ回る空間が半減していた5匹の弟たちにとって、何より嬉しいプレゼントだった。生活空間の広がりに連れて、気持ちも大らかになっていった。ドアというドアを自在に開けてまわる『トンちゃん』のお陰で、2階のドアもいつの間にか開けっ放しにされ、2階組も恐る恐る1階にやって来るようになった。1階組も2階の窓から燦々と射し込む陽の光りの中で、昼寝をする。『チビタ』は恐いもの知らずで、「兄ちゃん、兄ちゃん、ぼく可愛いよ」と言わんばかりに、だれかれ構わず摺り寄っていった。度胆を抜かれた1階組は、後退りしながら、猫パンチを繰り出していたが、そんなものお構い無しの「兄ちゃん、兄ちゃん、ぼく可愛いよ」の押し売りに、降参せざるを得なかった。その点、オドオドが抜けない『らーちゃん』は虐め甲斐のある存在だったのだろう。以前よりは多少ましになったとは云え、すれ違いざまの一発は続いた。視線がぶつかり、殺気を感じた『らーちゃん』が早足で逃げようとすると、それを追い掛けて一発。そんなこともたびたびだった。『らーちゃん』の頭には爪痕がかさぶたになり、鼻には何本もの線が刻まれた。それでも『らーちゃん』は売られた喧嘩を買うことはなかったし、2階に逃げ出すこともなかった。首を縮めて、そこに居続けた。

そんな『らーちゃん』を5匹の弟たちは、どんな気持ちで眺めていたのだろう。5匹の中でも温度差は確実に広がった。喧嘩を売るのは『ニセド』と『トンちゃん』の悪々コンビ。側に寄られると迷惑そうに体をずらし、ついでに拳を振り上げるのが『ぬーちゃん』。人一倍臆病な『ゴンちゃん』はタンスの上から遠巻きに眺めるだけだった。2階が大好きな『宮沢さん』は、2階にいさせてもらう都合上、さっさと休戦をした。『ぬーちゃん』もいつしか拳を収め、体をずらすことも止め、並んでストーブの前で眠るようになった。遠巻きに眺めていた『ゴンちゃん』はタンスから降り、『らーちゃん』に鬼ごっこを申し入れた。

夜は今でも1階組と2階組に分れる。時々ままちゃんと一緒に寝たがる『ぬーちゃん』がやってくると、ままちゃんの枕元でこれ見よがしに大音響のゴロゴロを続ける『らーちゃん』だが、夜が明けると『チビタ』と一緒に階段を降り、食事を終えた『チビタ』が食後の一睡に2階に上がっても、一人階下に残る。
今日、『らーちゃん』を遊びに誘うのは、誰だろう。『宮沢さん』か『ゴンちゃん』か。目を真ん丸にして、鬼ごっこに興じる『らーちゃん』を、『ニセド』と『トンちゃん』が、これまた目を丸くして眺める。「よく辛抱したねえ」と、おばあちゃんが涙で曇った目で眺める。

かさぶたで凸凹していた『らーちゃん』の頭は、平らになり、鼻の線も薄らいだ。マーキングも、近所迷惑な遠吠えも、ピタリ止んだ。