はかない夢 (H15.2.18)

 10日ほど前のこと、一人の男性がお店に現れた。入口正面に飾ってあるneco家のヤンチャ坊主たちの写真を眺めながら、一言、
 「大事にされた猫は、必ずもので返しますよ」
 「猫を飼っていらっしゃるんですか」
 「ええ、野良をねえ」

 "NECOZANMAI"は、すでにご承知の通り、不動産屋さんの中にある妙なお店。入口も一緒。だから、どちらにご用のお客様なのか即座には判断できない。このお客様は、どうやら"NECOZANMAI"のお客様らしい、と思っていると、つかつかと歩を進め、不動産屋さんのカウンターに向かう。
 「都心の方の物件も扱っていますか?」
 「物件をお探しなんですね?」
 「いや、私の持っている物件の仲介をお願いしたいんです。実は、今一つ代官山にマンションを建築中でね。私の物件はすべてペット可マンションなんですよ。これまでは、物件の近くの不動産屋さんにお願いしていたんですが、友人に話したら、猫のことを大切にしている不動産屋さんがあるから、そこへお願いしたらって、こちらを紹介されたんです」
 「それは、ありがとうございます。代官山でも大丈夫、お引き受けできますよ」
 突然不動産屋さんに変身したnecoは、思いも掛けない話にすでに舞い上がっている。
 聞けば、そのマンションは地下1階、地上11階建、地下は駐車場、1階は店舗、2〜5階がオフィスで6〜11階が住戸35世帯という大きなもの。客人は、建築中のマンションの写真を見せながら、ペット可仕様の何たるかを説明し始めた。床は柿、ゴルフクラブに使われるパーシモンだ。固く、傷つきにくいという。大型犬などの足音が気になる人には、パンチカーペットを敷いてくれる。ジグソーパズルのように嵌めていくもので、汚れたところを洗濯できるように、予備5枚を付けてくれるそうだ。壁は、腰板を貼り、動物が触れる部分は木にする。木の香りは動物の気持ちを穏やかにするという。ベランダは落下事故を防ぐ為に手すりを内側に傾斜させてある。防音施工も施されていて、楽器もOKだ。
これは、凄い、場所といい、設備といい、さぞ賃料が高いことだろうと訝しんでいると、その気配を察したように、
 「賃料は低く抑ええるつもりです。ペットを飼っている人は、部屋探しに大きな荷物を背負っていることになるでしょ。私はその荷物を下ろさせてあげたいんですよ。お陰様で無借金でやっているんでね。それにこんな事言っては興醒めかもしれませんが、ペットを飼っている人は、家賃を滞納しないんですよ。追い出されたら、行く先がそうそう見つからないですから」
 なるほど、なるほど。
 「でも、面接はさせてもらいます。それから、ペットを飼っている方は定期集会に出席してもらわなければなりません。近隣に迷惑を掛けないように、必要な指導をしていくんです。それから年2回の防災訓練、ペットを連れて避難する訓練なんですけど、これにも出てもらうことが条件ですね」
なるほど、なるほど。

 不動産と猫、二つの帽子をかぶりながら、この二つを結ぶ『ペット可物件』の少なさに日頃から胸を痛めていたnecoには、夢のような話だった。3月中旬には竣工するというこのマンション、春のやわらかな陽射しを浴びて、やさしく輝く姿が目に浮かぶ。この仕事を皮切りに、ペット可仕様のマンション普及への道が開けるかもしれない。最初は35世帯でも、少しずつでも増やしていきたい…。一仕切り打ち合わせをして、客人を見送った。

 翌朝、necoの出勤をこの救世主のような客人が待っていた。2月の下旬に施工者、設備業者、警備会社等の関係者を集めて建物の説明会があるという。もちろん、necoは出席。それに続く親睦会にも出席。親睦会の参加費も支払い、関係者の一員となった。通常は、もう入居者募集を始めても良い頃なのだが、募集は3月に入ってから、というご希望だ。賃貸市場のハイシーズンでもあるし、階は違っても全タイプの部屋が見られるようになってからの契約となることではあるし、急ぐこともない。ペットラバーズの皆さん、待っててね。

 客人が帰られるのを待ちわびるように、我が賃貸事業部の社員が、カメラを抱え、地図を持って、現地に走った。まだ幕がかかっているというし、工事中では中にも入れないだろうが、その希望の星をしっかりカメラに収めてきてほしい。

 30分後、連絡が入った。
 「11階建の建築中の建物は、どこにもありません」