予想外 (H14.10.10)

 今話題の丸ビルで食事をして、それから例の高貴なノラちゃんのいる数寄屋橋公園を通って、日比谷で映画でも見ようか…『ぱぱちゃん』と『ままちゃん』は、いそいそとお出かけ。

 丸ビルは予想を遥かに超えた人出だ。レストランはいずこも長蛇の列。おめかしをした50代の夫婦やら友人グループ、大手町で働くスーツ姿のサラリーマンに囲まれ、ジーンズに猫シャツの『ままちゃん』は何となく場違いな感じ。映画の時間もあり、一番列の短いお店に入り、予定外のヒレカツを食したのでした。予定外とは云え、その美味しかったこと。

 数寄屋橋公園も、これまた予想に反してあの高貴なノラちゃんの姿が見当たらない。ピンクパールのピアス嬢もどこにいるのやら。もしや保健所?と一瞬不安になったが、日比谷側の端に2匹、母親にだっこされたおさな子の相手をしていた。そこここに、パン(なぜパン?)を盛ったお皿もあり、猫たちはどこかの集会に出掛けているのだろう、ということで納得することにした。

 スカラ座は毎週水曜日はレティースデーだそうで、かっきり1000円なり。またまた予想せぬことに大喜び。『ぱぱちゃん』は、本編が始まる前から寝息を立てて眠っていたから、得をしたのか、損をしたのか、よく分からない。

 映画が終わって、外へ出た途端に『ままちゃん』の携帯が鳴った。上映中も携帯の電源を切っておかなかったから(それほど、『ままちゃん』の携帯が鳴ることは希有なのだ)、危ないところだった。
「もしもし、あのね、ニセドが昼間から何度もトイレに入っておしゃがみしても、おしっこ出ないでいたのよお。それがね、さっき洗濯物を取り込んで戻ってみたら、よだれをたらしながらトイレでしゃがんでるじゃない。どうしよう」
 どうしようって、決まってるじゃないの。おしっこが出てないと分かった時に即刻お医者さんに連絡しなきゃいけなかったのに…と半ば腹を立てながら、冷静を装い、
「すぐにラブリー先生に電話して、連れて行って」
 焦ってみたところで、こちらは銀座。どうすることもできない。昨日まではおしっこも出ていたのだから、取り敢えず命に別状はなかろう、と妙に平然と構えて帰宅した。
 
 病院からはとっくに帰っているだろうと踏んでいたのに、車がない。ここでようやく不安になり、走るように家に入り、ラブリー先生に電話を入れた。
「先生にお繋ぎします」
という看護婦さんの声に続いて、「もしもし」と電話口に出たのは、何と『おばあちゃん』。要領を得ない説明に相槌を打っていたが、本人も訳がわからなくなり、結局先生に代わっていただいた。尿管からおチンチンの先まで、石が数珠つなぎになっていたとのこと。逆に圧をかけて石を膀胱に戻し、レーザーで粉砕したという。
「きちっと食餌療法をしていただかないと、困りますね」といつにない厳しい口調に、病状の重さをはじめて悟った。前回の時以来、怪しいと思われるドライフードは一回も与えていない。お薬は全部飲ませたし、いただいたプリスクリプション・ダイエット・フードも食べさせた。だが、その特別食が終わってからは、これなら大丈夫かなと思える(何の根拠もないが)普通の食餌にしてしまっていた。どんなに辛かったことか。出ないおしっこを出そう出そうといきみ続け、石を先へ先へと送ってしまったのだ。

 うなだれながら電話を切って、留守番の面々に「ただいま」を言う。周りを見渡すと、どうも頭数が多い。『らーちゃん』がいる、『エリちゃん』がいる、『隣の宮沢さん』まで1階に来ているのだ。『隣の宮沢さん』は一人で階段を降りたことなど一度もなかったのに。それも、今来たという感じではなく、随分長いことここにいる、という気配なのだ。どうしたことだろう。2階組が降りてくれば、いち早く猫パンチを喰らわせて追い掛けるはずの『トンちゃん』も、ダイニング・チェアにのんびり座っているではないか。何ともなごやかに1階組と2階組が溶け合っている。『らーちゃん』は、ガラスの向こうの『キャラリン』に一目惚れしたのか、ガラスを挟んで向き合い、鼻をガラスに擦り付けている。こわがりの『ゴンちゃん』も怯える様子もなく、ウッドデッキのバスケットに収まっている。本当にどうしたことだろう。これまた予想外の展開に目を丸くするばかり。『トンちゃん』の2階組へのちょっかいは、兄貴分の『ニセド』に対するデモンストレーションだったのだろうか?

 車の音がした。『ニセド』を受取りに走って外に出る。『ニセド』の入ったキャリーはことの外重たい。両手でしっかり抱えてドアを開けると、皆が心配して迎えに出ていた。キャリーのドアを開けた途端、走って出るかと思いきや、『ニセド』はもたついている。お迎えの面々は、そんな『ニセド』の前から横から後ろから、くんくんと匂いを嗅ぎまくっている。病院の匂いがするのだろう。ようやく歩き出した『ニセド』だったが、何と腰がよろよろしているではないか。そうか、麻酔をかけたんだ。本当に大変だったんだ。と改めて気の毒に思いながらも、自分の後足が上手く動いていないことに気づきもしない、といった『ニセド』の様子が何ともひょうきんで、思わず吹き出してしまった。

 苦痛から開放され、妙にハイになっている『ニセド』は、テープルに飛び乗ろうとしては、危うく助けられ、「あれえ?」、椅子の背越しにウッドデッキに飛び降りようとしては、抱きかかえられ、「あれえ?」、とハテナマークが大きな頭を取り囲んでいるような表情。頭も若干もうろうとしているのか、1階を我がもの顔で歩く2階組の存在も気にならないらしい。ハイなまま、がっつくように病院食を食べ、やがて、ぐっすりお休みとなった。

 翌日、正体を取り戻した『ニセド』は、病院食を拒絶。困った『おばあちゃん』は、別の種類の病院食をいくつもいただいて来るはめになった。夕べはあんなに食べたのに…。やはり正気じゃなかったんだ。それでも、再び階下にやって来た2階組3人衆をいじめることはなく、予想外の1、2階国交正常化となった。