ぼくの、あたしの○×△ (H14.1.27)

我が家の6人衆の長男、ニセドの宝物はチュンチュン。例の尻尾にカラフルな羽のついたネズミのおもちゃだ。投げてもらったチュンチュンをジャンプ・キャッチ。成功の鍵は投げられたチュンチュンの高さと速度、そしてジャンプのタイミングだ。投げ手の腕が問われるだけに、ニセドは投げ手を指名する。ご指名の人の前にチュンチュンを置くのだ。一番人気は、おばあちゃん。一日に何度となくチュンチュン投げをしているだけに飛び出し角度と速度が一定している。ジャンプ・キャッチの成功率も高くなる。ご指名を取れないのがぱぱちゃん。フェイントは多いし、投げる角度は低いし、ジャンプ・キャッチなどできようがない。おばあちゃんが忙しくしていると、ぱぱちゃんの前を素通りしてままちゃんの前にチュンチュンを置く。ぱぱちゃんは自分のノーコンを棚にあげて、ひがむこと、ひがむこと。投げられたチュンチュンを宮沢さんやゴンちゃんが追うことはあっても、彼等はニセドのチュンチュンを借りているとわきまえていて、決して自分のものにはしない。チュンチュンは自他共に認めるニセドのもの、そしてニセドはチュンチュンを介しておばあちゃんとのひとときを占有する。

宮沢さんの宝物は、ままちゃんの髪を結わくタオル地の輪っか。投げてもらっては走って取ってくる。おしゃべりな宮沢さんは、今にも人間の言葉を話しそうな、何とも言えぬイントネーションで輪っか投げをせがむ。ジャンプ・キャッチをするわけではないので、投げ手は選ばない。ぱぱちゃんも参加できるわけだ。こうしていっとき、オンリー宮沢さん&オール人間の時間が生まれる。

おもちゃを介さずにおばあちゃんを占有してしまうのがゴンちゃん。おばあちゃんが家事を終えて座った途端、どこで見ていたのか、ゴンちゃんが膝に上ってくる。そしておばあちゃんに頬ずりしようと、高く高く上ろうとしてはずり落ちる。思わずおばあちゃんが抱き上げて、ゴンちゃんの至福の時となる。

エリちゃんが独占するのは、ぱぱちゃんの足の穴っぽこ。間もなく2歳になろうとするのに、見事なスタイルを保っているエリちゃんは、すっぽりと穴に収まる。ベッドに横になって片足を曲げていると、すかさずその穴に入り込む。朝、寝ぼけ眼でベッドの上であぐらをかいていると、またまたそこにすっぽり収まる。1分が貴重な朝の時間、ぱぱちゃんは時計とにらめっこしながらも、当たり前のように穴っぽこを占領するエリちゃんを動かせずに、しばし不動の時を過ごす。

トンちゃんは、なにも占有せず、だれも独占せず、どこも占領せず、それでいて自分の望むときに、何でも、だれでも、どこでも自分のものにしてしまう。おばあちゃんの膝に乗りたければ、先にゴンちゃんが乗っていようがいまいが、おかまいなしに上っていく。人気スポットのタンスの上も、一人入ればいっぱいのペットベッドも、先客のあるなしに関係なく、行きたければ行く、入りたければ入る。何も持たず、それでいて全てをもっている。

一世代上の兄、らーちゃんは2階の2間とベランダが生活空間の全てだ。最近はぱぱちゃんにまとわりつくエリちゃんの侵略に、その生活空間も占有できずにいる。それでもベランダにあるエアコンの室外機の上だけはらーちゃんのものだ。ベランダに出る窓を開けてもらうと一目散に室外機の上に陣取る。そしてオペラ・タイム。大きな、よく響く美声を披露。朝、昼、夜を問わず歌い続ける。一体だれに聞かせようというのだろう。その歌にはどんなメッセージがつまっているのだろう。歌いたくなると窓の前に正座し、窓が開くまでじっと動かない。ご近所に迷惑とは思っても、遊ぶことを知らず一日座り続けているらーちゃんからこの歌を取り上げることはできない。昨日も、今日も、そして明日も、オペラ歌手らーちゃんの美声が響く。

末っ子のぬーちゃんは、かつてはロープが宝物だった。ままちゃんがロープを投げてあげると、取ってきては目の前に置いた。ニセドのチュンチュン・キャッチや宮沢さんの輪っかキャッチの始まるずっと前のことだ。当時、自分の宝物を持たなかった兄姉たちは、ぬーちゃんのロープに興味を持つようになり、投げられたロープに『よーいどん』で走っていった。足の遅いぬーちゃんは、一緒にロープを追うことはなかった。じっと成りゆきを見守り、みんながロープに飽きて置き去りにするまでじっと待った。そしておもむろに腰を上げ、ロープを取ってきてままちゃんの足下に置いた。ぬーちゃんがロープを運んでは褒められているのを何度となく目にした兄たちは、いつしかロープを運ぶようになった。自分より早くロープに飛びつき、持って帰られてはぬーちゃんの出る幕はない。ぬーちゃんはロープを諦めてしまった。宮沢さんの輪っかにぬーちゃんが興味を示したのを見て、ままちゃんは色違いの輪っかをぬーちゃんにあげた。それでも輪っかを追うことはなかった。ままちゃんの膝の上に乗っては指をチュクチュク吸っていた末っ子のぬーちゃん。その指しゃぶりもしなくなった。人一倍大きくなり、もてあます体をどんと横たえて、じっとしているばかり。ときどきじっと見つめる青い目が、何かを訴えようとしているように思えたままちゃんは、寝室に引き取るときにぬーちゃんに声を掛けた。『おやすみなさい。ぬーちゃんも来る?』ぬーちゃんはグルグルっと答えて、すっと起き上がり、ままちゃんの後を追って2階の寝室に入った。らーちゃんの生活空間だ。らーちゃんとは喧嘩するわけでもなく、それでも警戒を怠らず、身構え続ける夜が続いた。それでも声を掛ければ必ず2階についてきた。らーちゃんとぬーちゃんの間の緊張がゆるみ始めたある夜、電気を消し、スモールライトだけの薄暗がりの中に、ボールが転がる音とそれを追う足音が響いた。気付かれぬように様子を伺ってみると、ぬーちゃんが一人でテニスボールで遊んでいる。ひとしきり遊んだ後、ままちゃんのベッドに入り込んだぬーちゃんは、懐かしいままちゃんの指をしゃぶった。ぬーちゃんは、欲しい物がたくさんあった。ロープも輪っかも猫じゃらしも欲しかった。でも、自分の運動能力では競争には勝てず、遊ぶ姿も不様だと思ったのか思わなかったのか、人前では欲しい物全てを諦めていた。いくら誘っても決して遊ぶことはなかった。ままちゃんの膝も指も諦めた。ぬーちゃんは、人目のない自分一人の空間が欲しかったのだ。自分一人の空間で思う存分遊びたい、思う存分甘えたい。そのメッセージをずいぶん長いこと受け取れずにいた。やっとメッセージを受け取っても、その時間も空間もなかなか作ってあげられずにいる。