無理してなんぼ (H14.1.1)

 『限界まで仕事をしてたら、長続きしないから』という親戚の言葉に、『今日の限界は明日の8分。限界までやれば限界が広がるもん』と反論していたのは何年前のことだろう。いつのまにか我が身をいたわるというか、甘やかすようになった。ようやく『本当にやりたいこと』に気付いたというのに、性に合わない仕事に毎日12時間を費やし、明日また性に合わない仕事をする最低限の気力を確保するために、『やりたいこと』はやらず、浅い眠りにつく毎日が続いていた。性に合わない仕事の最中は、『やりたいこと』ができない焦りがふつふつとして、時間は費やせど、気持ちは半端、不完全燃焼だ。12時間取られても12時間残っているが、不自由な足で一人家事をこなすおばあちゃんの話し相手にもなりたい、大切な9匹+2匹の猫たちとの時間も持ちたい、仕事を忘れる最高の手段として毎晩9時からのサスペンスを欠かさず見ているだんな様にも付き合いたい。睡眠時間を削らない限り、自分一人の時間を確保することはできないのだ。
 仕事人、母の子、息子の母、だんな様の妻、という4役はサラリーマン時代も今も変わらない。息子が22歳になっている今は、『母』の気苦労が減っただけでも楽になっているはずだ。ところが、かつて猛烈な勢いで読んでいた本さえも今は読めずにいる。17年ほどのサラリーマン生活の中では、通勤電車と長風呂が読書タイムだった。自動車通勤の今は通勤電車の貴重な2時間がない。性に合わない仕事はお風呂に入る気力も奪っている。活字を通して目の裏側で見る風景や人の表情、耳の奥深くで聞く物音や声…五官の裏や奥を使わずにいると生活そのものが薄っぺらくなっていくようだ。私の五官の裏も奥も干涸びようとしている。想像も創造もなくなっている。
 今、何かに憑かれたようにしがみついているのは8時間もの不完全な無駄な眠り。一晩に10回も起きる充実感のない眠り。毎晩、諦めて眠る。8時間も寝る必要なんかないのに…。
 なぜ性に合わない仕事をしているかが問題なのだ。『本当にやりたいこと』を見つけられないまま、サラリーマンを辞め、取り敢えずの稼ぎを得るためにSOHOで行き当たりばったりの仕事をしていたが、交通の便を考えてだんな様の事務所に居候を決め込んだのがそもそもの発端だ。『ただ程高いものはない』とは良く言ったもので、いつの間にか私が忌み嫌っていた仕事に巻き込まれるはめになった。だんな様の会社の数少ない歯車の一つになってしまった時に、『本当にやりたいこと』に気付いた。折しも世の中はITバブル崩壊の大不況。だんな様の会社も『一抜けたー』などと言える状態ではなく、ましてや私の『本当にやりたいこと』で4人+9匹+2匹を養うことはできない。仮に養える見通しがあったとしても『本日只今より』というわけにはいかない。今の我が家は日本経済と同じく、猶予がきかない状態なのだ。それがわかっていたから、性に合わない仕事を続けてきた。
 一日12時間、週に6日の性に合わない仕事は、体力ではなく、気力を消耗した。消耗した気力が体力を目減りさせた。でも本当にそうなのだろうか…。人に使われていたサラリーマン時代、私は目一杯の仕事をしてきた。人を使う側の相棒になった今、『やりたいこと』とのせめぎ合いで半端な仕事をしている。もしかしたら、その『半端』が気力と体力を奪っているのかもしれない。『もう歳だから、無理がきかない』というお誂え向きの言い訳でこれまた半端な惰眠をむさぼる生活にも嫌気がさしてきた。
 性に合わない仕事が好きになるわけはないのだから、それはそれとして、まず無理をしてでも『やりたいこと』をやることではないのか。嫌でもメークを落とす、お風呂に入るという当たり前のルーティーンをこなすことではないのか。お風呂に入れば長風呂と相場が決まっているのだから、本も読む。当然睡眠時間を削ることになるが、削れないほど上等な睡眠でもなし、明日の気力・体力はこの際、どうでもいい。『やりたいこと』が少しずつでも前に進み、本も読めれば、性に合わない仕事に費やす12時間を性に合わない仕事だけに捧げられるかもしれない。嫌いながら完全燃焼できるかもしれない。完全燃焼が気力と体力を支えてくれるかもしれない。そもそも何のために性に合わない仕事をしているのだろう。4人+9匹+2匹の生活を支えるためではないか。自分の時間と労力が猫缶に変わることを想像すれば、嫌々ながらの仕事にどんより曇っていた頭にも涼風が吹き、猫缶一つを二つにする工夫もできようというものだ。仕事のミスマッチは克服できるのかもしれない。
 年末に吉川晃司さんが出演している番組があった。吉川晃司さんはひとたび何かにはまり込むと、時間も体力も顧みず徹底してはまり切るそうだ。そんな吉川さんに黒柳徹子さんが「無理なさっているようですね」とコメント。これに答えた吉川さんの一言が私への応援歌に聞こえた。「『無理してなんぼ』と思ってますから」…