『ロッキー』のお兄ちゃん (H13.6.16)

新入社員君が低い声で私の名前を呼んでいます。パソコンから顔を上げた私は新人君の視線を追いました。開け放されたバルコニーに出る扉のところに猫がこちらを向いて座っているのです。それは、まぎれもなくロッキーのお兄ちゃん。この半年ほど、用事で外に出た時にときどき見かけていた猫です。筋肉質の体つき、大きなな耳と小さな顔、ロッキー家の特徴をすべて持った猫。出逢うたびに、私は『ロッキーのお兄ちゃん』と声を掛けていました。その都度立ち止まって振り向くものの、1.5mより近づくとさっと身を翻して、走るでもなく去っていってしまうのです。褪せた緑色の首輪をつけたその猫を、いつの頃からか外に出ると必ず探すようになっていました。『首輪をしているのだから、きっと誰かに飼ってもらっているんだわ。』それにしては痩せ過ぎていると思いながらも、どうすることもできずにいる自分にそう言い聞かせていました。

その猫が2階のバルコニーにやって来て、こちらを見ているのです。白に茶色の斑点が二つ、三つ。尻尾こそすっと伸びているものの、ロッキーと瓜二つです。『お腹がすいたの。待っててね。今なんか持ってくるから』と冷蔵庫に走りましたが、今はもうキャットフードの買い置きがあるわけでもなし、食べ物といったら社員の誰かが放り込んでおいたビックリマンチョコだけ。ビックリマンチョコでも、ないよりまし。袋を開けながら戻ると、猫はそのままの姿勢で座っています。1.5mというお約束の距離を守りながら、ビックリマンチョコのかけらを手のひらに乗せてそっと差し出しました。なんだ?と首を伸ばしても匂いを嗅ぐには遠すぎます。かと言って近寄ることもできません。私はもう一かけらを扉の脇の机の上におきました。捕まえようという仕種をしない私に少し安心したのか、その机に向かってそっと手を伸ばした、そのワンチャンスを私は逃しませんでした。しっかり腕に抱き取ったのです。『しまった!おい、放せ!』と夢中で蹴り出す後ろ足で、私の二の腕に二本、血の帯が流れました。猫捕獲作戦では最高のチームワークを誇る我が社、あっと言う間に、窓という窓、ドアというドアは閉められ、猫の退路は完全に断たれました。

『ロッキーのお兄ちゃん、良く来たね。』と言いながら、私の頭はフル回転。
まずは、この猫が本当に飼い猫なのか確かめなくてはいけません。ロッキー一家の歴史について良く知る下のステーキ屋さんに走りました。曰く、この子はやはりロッキーの前の回に生まれたロッキーママの子で、ステーキ屋さんは赤ちゃんの時から知っていたとのこと。その後誰かに飼われていたのか一時姿が見えなかったのだけれど、半年前から再びこの辺りをうろうろするようになったというのです。ステーキ屋さんには良くやって来て、その度に御飯をもらい、裏口の軒下に用意してもらった段ボール箱で寝ていたのだそうです。
野良ちゃんと分かれば、連れて帰るしかない。私はマーケットに走り、新しい首輪とハーネス、そして入れて帰る洗濯ネットを買い込みました。

6月16日、ロッキーのお兄ちゃんは母さんと再会し6匹の弟妹を初めて見たのです。