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湯ぶねに落ちた猫 2008年6月10日 第1刷発行 |
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吉行エイスケと吉行あぐりの娘にして、吉行淳之介、吉行和子の妹である吉行理恵の、猫を題材とした小説、エッセイ等60編を収めた一冊。 私が本書を読んだのは、半年前。正直言って、60編の内容の殆どが記憶から消えてしまっている。そもそも記憶に残らなかったのかもしれない。その代わり、吉行理恵さんという一人の人物像が、今も鮮明に胸に焼き付いている。幼な子の柔らかく透き通るような肌をそのまま持ち続けた理恵さんは、一見ひ弱に見える。もとより人付き合いなど得意なわけがない。すぐに血が滲むような皮膚に包まれた著者にとって、「猫」は、自分が自然体で相対することのできる貴重な存在だったろう。自身の投影でもあったかもしれない。その痛々しいような生き様に、ひ弱どころか、個としての強さを感じるのは私だけだろうか。人はだれしも、無防備だった頃に傷つき、心は血を流す。人はそれを恐れ、皮膚を分厚く固くして身を守ろうとする。透明感と潤いを失った皮膚は、物事の本質から人を遠ざける。器用に立ち回り、無難に人付き合いをこなす‥‥それは、弱い者の知恵なのではないだろうか。翻って、吉行理恵さんという人の透明感に、私は身を守らぬ強さを感じる。両親、兄弟、愛猫との甘えのない距離感、自分を見る客観性……もう一度、今度は作品を作品として読んでみたいと思う。 |