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トマシーナ 2004年5月21日 初版発行 |
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片田舎の獣医、マクデューイ氏は、腕こそ確かなものの、動物に愛情を抱くことはなかった。人間の医者になることを夢に見ながら、強制的に父親の職業、獣医を継がされて以来、その心は屈折し、意固地に固まってしまった。一人娘、メアリ・ルーが可愛がっていた猫、トマシーナが病気になった時も、氏は十分な診察さえせず、安楽死を選んだ。父親に愛猫を殺されたメアリ・ルーは、心の中で父を殺し、心を閉ざしてしまう。 『猫語の教科書』といい、『ジェニー』といい、ポール・ギャリコの物語の設定には、いつも驚かされるが、本書もまた、登場人物が引きずる心のしがらみを、けっして交わることのない縦糸に置き、重なる偶然を横糸として渡し、見事に織り上げられて行く。織り上げられたものは、物語だけではない。心の解放、融合であり、現実と神性の調和でもある。ジェニーを大叔母とするトマシーナという猫をめぐり展開するストーリーの中には、アメリカ・インディアンをはじめとするネイティブ・ピープルの哲学に通じるギャリコ自身の思索が感じられる。マクデューイ氏とローリという極端な人物像は、相対する両端である。人間の業をはかなむとき、ともすると極端から極端に走り、世俗を捨ててしまいたくなるが、その象徴たるローリが森を離れ、町で暮すようになる結末に考えさせられるものは大きい。 |