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1997年9月20日 第1刷発行 |
よく見知った町も、思いもかけないルートから突然出くわすと、何もかもが目新しく、初めて出逢う情景のように錯角する。誰もが経験する、この狐につままれたような一瞬…朔太郎はそのわずかな時間に猫町を見た。それは、美的に計算しつくされ、長い歴史を刻んだ西洋の町だった。 昭和10年に書かれた『散文詩風な小説(ロマン)』である本書は、即物的な生活に何の疑問を持たない我々に、ちょっとした疑いを持たせる。今見ているものの反対側、裏側に別の宇宙があるのだろうか。しばしメタフィジックの世界に遊ばせてくれる。 この不思議な意識の旅に現実味を与え、さらに魅力あるものにしてくれているのが、全ページに描かれた版画イラストレーションだ。表紙カバー、見返しといった装丁も素晴らしい。 文と画、それぞれが素晴らしい存在感を放ち、単独でも完成された作品として成り立つものでありながら、合わせることによって見事なバランスで互いを引き立てる、そんな希少な一冊である。 |