加門七海氏と云えば、『もののけ』が見えてしまう人、小説家、エッセイスト。怪談の実体験も豊富で、日本古来の呪術や風水等に造詣が深く、オカルト・ルポルタージュでも注目を集める。著書に「怪談徒然草」「怪のはなし」「心霊づきあい」「うわさの神仏」等多数……とは、すべて切り売り。恥ずかしながら、本書に出会うまで、著者名さえ知らなかった。怪談やオカルトには弱く、いくらタイトルに『猫』が付いていようとも、それに続く『怪々』の文字を見たら、おそらく手に取ることさえしなかっただろう。本書を読むことになったのは、友人の「面白い!!」の一言があったからだ。
『怪々』の題字に多少身構えて読み始めたが、これが面白いこと、面白いこと!まず、文の歯切れが良く、リズミカル。オカルト体験の頻繁な自分自身を客観的に俯瞰できていて、偏執狂的な偏りがまったく無いから、もののけ絡みの記述も、「あるかもねえ」と実に素直に読めてしまう。
さて、その内容は……とある日、著者は路地裏で一匹の弱々しい仔猫と出会うべくして出会う。そのまま捨て置けず、飼うことにするのだが、この仔猫、猫白血病ウィルス感染症のキャリアだった。他にも諸々の健康上の問題を抱えていた。その病気の為せる業か、仔猫を招き入れて以来、自宅マンションにはさまざまな怪現象が起こる。縁あって共に暮らすようになった仔猫を、何としてでも無事に育てあげたい……著者の「もののけ」との格闘が始まる。
あとがきには、こう要約されている。
……本書は、病気の猫を拾ってからの、なりふり構わぬ手当たり次第のオカルト格闘技子育て日記だ。……
さらに、こうも書かれている。
……猫に取り憑かれた猫好きならば、当たり前にやることを、当たり前にこなしていたというだけだ。ならば、この本は標準的な猫好きが標準的に猫に尽くした記録となる。……
そう、もののけが見えようが見えまいが、本書に綴られている子育てのドタバタは、猫好きならば我が事として受け入れられるものなのだ。ちなみに、著者を振り回し続けた仔猫は、元気に成長し、変わらず著者を振り回しているそうなので、ご安心を。
本書を読み終えて、私は即座に気功の本を買い求めた。私の年齢を追い越して、シニア街道をひた走る我が家の猫たちに、手当ての一つもできたらなあ、と真剣に考えてのことだ。またも、猫というドアが、未知の世界へ導いてくれたようだ。
『猫怪々』…良質なエンターテイメントとして、最高の一冊だ。 |