★★★★ |
1989年2月 1刷 |
『どんぐりと山猫』は、宮澤賢治の生前に刊行された唯一の童話集、『注文の多い料理店』の巻頭をかざる作品である。 山猫に裁判の手助けを頼まれた一郎は、山奥の草地へ出かけていく。山猫は、どんぐりの間のもめごとに収拾をつけられずにいたのだ。どんぐりたちは、だれが一番偉いかを主張しあっていた。“偉い”の尺度が一つなら、問題は簡単だが、どんぐりたちは、その尺度が何かで争っている。一見決着のつきそうもない争いだが、一郎のひとことで収まりがついてしまう。 幻想的な設定で書き下ろされた童話だが、そのメッセージは強烈だ。かけっこは『タイム』を競う。だが『偉い』といった全人格的なものの尺度は何なのだろう。それは、何に一番の価値を置くか、という価値観の問題で、価値観の多様化などと言われる昨今では、それを突き詰めて考えようともしない。一郎のひとことは、私には強烈なアッパーカットとなった。 絵は高野玲子氏による銅版画だ。微妙なベースカラーの変化が、物語と調和する。高野氏は、身近な人たちや日常生活の中で小さな幸せを感じる情景、ふっと心が和む場面を、猫たちの姿を借りて表現し続けているアーティストだ。本作品の登場人物(?)の中でも、山猫に一際存在感と力を感じるのはそのせいだろうか。 |